
体験場所:東京都北区
私が東京都の北区に住んでいたのは、まだ在宅勤務が一般的になる少し前のことだ。
○○銀座の外れにある木造二階建ての古い長屋の住居を、友人の紹介で安く借りられることになった。
長屋の各玄関先は細い路地に面していて、路地を挟んで向かいには古い家が軒を連ねていたが、空き家も多かった。路地の先は、片方は長屋の奥で行き止まりになっていて、もう片方はすぐ先でT字路に突き当たる。そこを右に折れると大通りへと続く路地が伸びていた。T字路の突き当りには小さな稲荷があり、赤い鳥居の奥には年季の入った狐が二体座っていた。
二階建ての長屋はどの住居も間口が狭く、開き戸の玄関を開けて中に入ると、すぐに二階に続く急な階段がある。階段を上った先には短い廊下と、障子戸で仕切られた六畳一間があるだけ。私はその二階の部屋を寝室に使っていた。一階には台所と便所と風呂があるといった具合。私の住居はその長屋の一番端だったため、二階の窓からは路地の突き当りにある稲荷がすぐそこに見えた。
最初の違和感は、夜になると必ず聞こえる「二階の足音」だった。いや、正確には私が一階にいる時は二階で足音がし、二階に上がると今度は一階で軋む音がする。家鳴りだろうと私は自分に言い聞かせていた。
ある晩、コンビニの帰りに大通りから路地に入ったところでスマホが鳴り、足を止めた。ふとスマホから顔を上げると、すぐ先にある稲荷の前に人影が見える。路地に入ると途端に街灯が弱くなるため、人影の輪郭しか見えないが、おそらく細身の男のようだった。鳥居の柱の陰からこちらを窺っているように見えた。
私はなんとなく頭を少し下げ、会釈するようにその前を通り過ぎると、T字路を曲がってすぐの長屋住居に鍵を差し込み中に入る。軋む玄関扉を閉めようとした瞬間、背後で「ジャリ…」と玉砂利を踏む音が鳴った。稲荷ではなく玄関のすぐ前でだ。
もう一度玄関を開けて外を覗いてみたが、路地には誰もいないし、先ほどまで稲荷にあった人影もなくなっていた。
気のせいか、と靴を脱いだ時、階段の上から「ギ…ギ…」と床が押される音が聞こえた。二階に誰かいる。いつもの家鳴りではあるが何となく胸がざわつく。私はゆっくりと階段を上がって六畳間の障子を開けた。部屋には畳と布団、それと折りたたみ机がぽつんとあるだけ。窓は締まっているし、いつも通りの静寂がそこにはあった。私は胸をなでおろし、一階へ下りると、また天井が鳴った。やはり二階を誰かが歩いているように感じた。「そこにいるの?」と独り言のように言ってみると、返事はないが、音は止んだ。
数日後、友人の佐伯(同じく北区在住)を呼び、晩飯を作って飲んだ。
二人で階下の流しに立っていると、また例の音がした。二階で「トン、トン」と、端から端まで規則正しく歩く気配。
私は佐伯を見て聞いた。
「聞こえる?」
「…聞こえる。上に誰かいるの?」
私たちは二人で階段を上がり、六畳の部屋の真ん中まで行くと、しばし立ち尽くした。
畳は冷たく、天井の裸電球が少し揺れているように見えた。
沈黙に耐えかね、私はスマホを取り出すと、ボイスメモを起動し、「今、録音してる」と言った。
すると廊下の先の階段の影で、「シャッ」と、衣擦れのような音がした。
佐伯が小声で、「帰ったのかな?」と耳打ちをした。
私たちはなんとなく笑って、何かごまかすように二階で酒を飲み直した。
コプッ、コッポッポッポッポッ…と、コップにビールを注ぐ音に耳を澄ませていると、どこからともなく線香の匂いが流れてきた。部屋に線香はない。匂いの元をたどると、開いた窓の外からだった。窓際から路地の先の稲荷を覗くと、かすかな灯りが揺れていた。誰かが夜に参拝しているのだろうか。しかし稲荷で線香を、と思うが。
決定的だったのは別の夜、深夜の二時過ぎだった。寝入りばな、階段を上がる重い足音で目が覚めた。一段ごとに古い木がきしむ。「ギ…ギ…ギ…」。足音は部屋の前で止まり、障子を指で押すような「ピシ」という音がした。私は声を出せず、呼吸だけが浅くなった。
やがて足音は階下へと降りていき、部屋の中に入ってくることはなかった。残ったのは釘の緩んだ踏み板の微かな振動と、離れた大通りを流している車の走行音だけだった。
翌朝、私は階段を点検した。段裏の釘、手すり、踏み板と、丁寧に観察してみると、踏み板の縁に黒い煤のような筋が左右に擦れているのを見つけた。誰かが夜に何度もそこを踏んでいるのだと思った。私自身も踏む場所だが、筋が異様に濃いのが気になった。洗剤で拭いても全く落ちなかった。
いよいよ心配になって、たまに挨拶を交わす長屋の斜向かいの古道具屋店主(70代くらい)に話を聞いた。
「ああ、あの突き当りの稲荷がね~」
店主はそう言って、こんなことを教えてくれた。
今は稲荷になっているが、十数年前そこには古い家が建っていて、そこで独り暮らしの男性が亡くなった。しかし、しばらく遺体は発見されることなく、最初に異変に気が付いたのは深夜の見回りをしていた近所の人だったという。
「その家の男性の姿を最近見かることがなく、夜も家には照明が灯らない。なのに夜中の見回りでその家の前を通ると、暗い二階を誰かが歩いている音が聞こえる、ってね。警察が来て、中で倒れてるのが見つかった。それからも、その家の前を通ると時々誰かの足音を聞くって言う人がいたんだよ」
後に家は取り壊され、今の稲荷が建てられたとか。店主は、稲荷は地元の人が管理しており、毎月朔日に線香を上げるのだと言った。
その夜、私はボイスメモを録音したまま寝た。
翌朝、聞き返してみると、午前二時四分に階段の音が記録されていた。
木が軋む音に続き、「…ただい…」と声が聞こえる。少なくとも私にはそう聞こえた。音量を上げて何度も再生すると、声は単なる軋み音に聞こえる気もした。人の言葉に聞こえるのは、私の脳が意味付けをしているだけかもしれない。
だが、私が一番引っかかったのはその直後、私の寝息にかぶさるように、「カチッ」とガスメーターのような小さな金属音が入り、続いて畳を素足で歩くような「スーッ…スーッ…」という摩擦音が二歩分だけ記録されていたことだ。寝ている私が立てた音ではないはず。
私は臆病ながらも理屈を求める性分で、今家で起こっている現象にいくつかの仮説を立てた。
家鳴り、配管の熱収縮、外を通るトラックの振動、路地の反響、隣家の生活音など、考えられる可能性は十分多い。
しかし、長屋も含め路地には空き家が多く、私の隣の長屋住居も誰も住んでいない。路地の住居や隣家からの音である可能性は低いと感じる。配管やトラックの音にしても音の性質がだいぶ違う。あくまで録音されたのは人の出す音に限りなく近いものに気こえた。或いはやはり家鳴りなのか・・・
いっそ引っ越そうかと考え始めた頃、最後の出来事が起きた。
梅雨の明けた蒸し暑い夜、私は帰宅前に稲荷の前で足を止めた。路地に私以外誰もいないことを確認して、「すみません、ここに住ませてもらってます」と小声で言って手を合わせた。
それから玄関の鍵を開けた時、背後で「ジャリッ」と、玉砂利を踏む音がまた聞こえた。同時に家の中から外に向かって、微かに風が通った。
家に入ると、あの足音が一切しない。
その夜は静かで、久しぶりにぐっすり眠れた。
翌朝、気になってあの階段の煤を確認してみると、以前よりもよりだいぶ薄くなっている気がした。もちろん拭いた覚えはないし、ただの偶然だと言われればそれまでだが。ただ、私はそれきり、家の中を歩く足音を聞くことはなかった。
それから数週間後、私はわけあって北区を離れることになった。
引っ越しの前日、古道具屋に挨拶に行くと、店主が小さな鈴をくれた。
「稲荷の前を通る時、鳴らしてごらん。生きてる人にも、そうじゃない人にも、ここにいるよって合図になるから」
と、店主は言った。
私は深々とお礼を伝えると、鈴を受け取った。
その最後の夜、鳥居の前で一度だけ鈴を鳴らしてみた。
澄んだ音が路地に広がり、どこかで犬の吠える声が一度だけ聞こえた。
引っ越して数ヶ月後、あの夜録音した音声データのことを思い出し、処分しようと思った。その前に、例の「ただい…」と、人の声のようなものが聞こえた部分だけ再生してみた。初めてイヤホンではなくスピーカーで聞いたところ、「ただい…」と人の声に聞こえた音は、階段の段鼻をこする軋み音と、私の布団が擦れる音の重なりだと分かった。脳は意味を欲しがる。私が“物語”を作っていたのだろう。
それでもあの長屋に住み始めてから、人の気配や足音が聞こえ続けたのは確かだし、それらが稲荷に挨拶して以来スッと止んだことも。それに階段の煤にしてもそうだ。長屋を去るその日まで、いくつも説明のつかない体験をしたことは全て事実だ。
もしかしたら、現象の多くは家鳴りや近隣の反響音で説明できるのかもしれない。
しかし今になって考えると、私はあの場所にまつわる記憶や気配を感じていたのかもしれないと思う。今も毎月朔日に焚かれる線香、それを営む路地の人々の暮らし、人は場所と共鳴するのだと思う。私の体験はそういった場所の持つ空気が特定の『意味』を示した形なのかもしれないと。
今でも用があってあの近くに行った時は、懐かしくてあの路地を通ることがある。その度に私は稲荷に軽く会釈をする。そこに“誰か”がいるからではなく、あの場所が誰かの「ただいま」を受け止め続けている気がするからだ。

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