体験場所:静岡県沼津市
これは数年前、中学の同級生とタイムカプセルを掘り出した時の話だ。
中学の頃は、私、タケシ、シンジ、ヒデオ(すべて仮名)の四人でよく遊んでいた。
卒業式の日、式が終わると四人でタケシの家に集まり、庭に生えていた小さな木の下にタイムカプセルを埋め「25歳になったらみんなで開けよう」と約束した。
高校はそれぞれ別の学校に進学したが、付き合いは続いていた。
その後、皆家族の都合などでバラバラになり、地元に残ったタケシだけがくよくよと泣いていたが、そのまま私たちは疎遠になっていった。
それから十年ほど経ったある日、突然タケシから連絡がきた。
「もしもし?」
「もしもし、中学で同級生だったタケシだけど、覚えてる?」
「……ああ!久しぶり!突然どうした?」
「25歳になったし、みんなで集まってタイムカプセルを掘り起こさない?」
「いいけど、他のやつらは?」
「もうみんなに連絡したよ」
正直、その時の私は中学の時のタイムカプセルのことなどすっかり忘れていた。
しかし、タケシの連絡ですぐに思い出し、三週間後の土曜日にと約束を交わした。
久しぶりに三人と会えるのが楽しみだった。
約束の日、私は10年振りに沼津に帰ってきて少し興奮気味だった。
待ち合わせは当時私たちが通った中学校の前、夕方頃に集まろうと約束していた。
少し張り切りすぎた私は午前のうちに沼津駅に到着してしまい、まだ約束の時間まで大分あったので、それまで思い出の街を少し見て回ろうと駅を出た。
久しぶりの街は驚くほど変わっていなかった。
よく四人で行った公園や駄菓子屋が、まるでタイムスリップしたかのようにそのまま残っていて、懐かしさと嬉しさが込み上げ私は胸がいっぱいになった。
街を歩いていると、昔一度だけ家族で訪れたことのあるラーメン屋があったので、そこで昼飯をとることにした。
ガタガタとうるさく開く戸をくぐると、客のいない店内が出迎えてくれた。
少し気まずい思いでカウンターに座り注文するのだが、店主はこちらに一切顔を向けない。それどころか返事すらせず、黙々と、恐らく私のラーメンを作り始めた。
少し気味悪く思い、私は出されたラーメンを一気にすすり上げると、勘定を済ませ直ぐに店を後にした。
ラーメン屋を出て少し歩いていると、いつの間にか日が傾き、空はすっかり夕方になっていた。
「あれ?なんか時間感覚が変だぞ。仕事のしすぎかな?」
そんなことを思いながら、とりあえず待ち合わせ場所の中学校まで急ぐことにした。
校門の前には既に三人が集まっていた。
皆あまり変わってなくて、すぐに分かった。
シンジ「おい遅いぞ」
私「ごめんごめん、ちょっと散歩してたら遅くなった」
ヒデオ「お前も全然変わんないな。とりあえず全員揃ったことだし、まず飲みにいかね?」
会って早々、私とシンジとヒデオはワイワイとはしゃぎ出したのだが、タケシだけは全く声を発さない。
私「おい、タケシどうした?」
タケシ「・・・あんまり時間ないんだ。まずタイムカプセル掘ろう」
タケシは切羽詰まったような顔でそう言った。
何か事情があると感じた私は、とりあえず飲みに行こうとしている二人を制し、まずはタケシの家に行こうと促した。
道中でお互いに連絡先を交換したのだが、タケシはLINEをやっていないどころか携帯も持っていないと言う。
「そんなバカな!?」と驚くと、「家の固定電話はまだ残っているから、用事があったらそこに掛けてくれ」とぶっきらぼうに返された。
タケシの家の前に着くと、昔遊びに来ていた時と全く変わってなくて、私たちは嬉しくなった。
少し広めな和風の家屋は、『となりのトトロ』にでも出て来そうな趣がある。
外からタケシの家を眺めて懐かしんでいると、私は少し気になる事を見つけた。
もう夕方も過ぎて日もとっぷり暮れているというのに、家には一切の明かりが灯っていなかったのだ。
(誰もいないのだろうか?)と、少し違和感を感じたのだが、その時は思い出話をしていたかったので、明りのことは敢えて言うこともなかった。
家の前で懐かしい嬉しいと興奮して話していると、そんな私たちには目もくれず、タケシは無言のままスタスタと庭に入っていった。
先程から鬼気迫るようなタケシの雰囲気が気になり「どうしたんだ?」と声を掛けるが、無視されるだけだった。
庭にあるタイムカプセルを埋めた木の前に立ったタケシは、すぐに地面に跪くと、一心不乱に土をかき分け始めた。
素手のまま、がむしゃらに土を掘り返すタケシの姿が余りに異様で、私たちはその場に立ち竦んでしまった。
すでに太陽が沈んだ暗闇の中、ざっざっと響く土の音が気持ち悪かった。
呆然とタケシの奇行を眺めている時だった。
突然、私たちの周りに冷たい人の気配があるのを感じた。
一人二人ではなく、数えきれないほど大勢の気配。
普通の人間ではない、何か恐ろしいモノだと確信できた。
暗闇でわずかにしか見えないシンジとヒデオの顔。
二人も同じ気配を感じているようで、怯えた目をしているのが分かる。
タケシだけが変わらずに土を掘り続けていた。
すると突然土の音がやんだ。
一気に静寂が周囲を取り囲むと、ゴソゴソとシンジの影がポケットからスマホらしきものを取り出し辺りを照らした。
灯りの中に現われたのは、土まみれの箱を持つタケシだった。
箱はどうやら十年前に埋めたタイムカプセルのようだ。
ぼうっと灯りに照らされたタケシの顔を見て、私は気持ちが悪くなった。
無表情で、無感情な目がボーっと私たちを見つめている。
その顔も視線も微動だにせず、タケシはその手に持った箱だけをこちらに差し出してきた。
誰もしゃべることはなく、ひたすら静かだった。
誰が受け取るかを無言で争い、私が受け取ることになったようだ。
私は箱に手を掛けると、わずかな明かりしかなかったので確かではないが、タケシの爪が剥がれているように見えて息を飲んだ。
そっと箱を受け取り、そのまま二人に目を向ける。
「お前が開けろ」
二人の顔にはそう書いてあるようで、私は無言のプレッシャーに負け、箱の蓋に手をかけた。
誰も言葉を発さなかった。
この静寂を崩すと、辺りを漂う冷たい気配が動き出す気がしていた。
タイムカプセルは十年も眠っていた割には簡単に開いた。
シンジが恐る恐る中身を照らす。
明かりが灯った箱の中に、かつて消しピンで使っていた最強の魔改造消しゴムが見え懐かしさが込み上げたが、私の目を引いたのはそれではなく、一番上に置いてあった写真だった。
四人でピースしている写真は、おぼろげな記憶だが確かに入れた覚えがある。
他に恐ろしいものも入っていないようなので、私は安心して箱の中に手を入れ写真を取った。
スマホを動かしながら写真に映るそれぞれの顔を見ると、まだ幼さの残る表情に思わず顔がほころびかけた。
その時、写真の中に変化が起こりだした。
一番端に写るタケシの足が黒く変色し始めたのだ。
まるで絵具の染みが広がるように、黒はそのまま上に向かって浸食を続け、すぐに写真に写るタケシの全身が焦げたように真っ黒になった。
「な、なんだよ…これ…」
それまで声を出すことを躊躇していたが、この時ばかりはふと口に出てしまった。
それに続くようにシンジとヒデオからも「気持ちわりぃ……」「意味わかんねぇ」と次々と声が漏れ出した。
「なんのつもりだよ、なんだよこれ……!」
私はタケシに言った。
今までの恐怖が怒りに変わったような気がした。
周囲を囲む冷たい気配にも変化が見られないことで安堵したのかもしれない。
タケシはいつの間に後ずさったのか、辺りの暗闇に同化して表情がよく見えない。
思い切って私はタケシに詰め寄り遂にその肩を掴んだ。
「おい!……って…っえ?」
私が追い詰めた相手は、全身が真っ黒だった。
真っ黒なタケシだった。
私は声も出せずに腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。
「……どうだった?」
どこが口かも分からないタケシが喋った。
その気味の悪さに私は吐き気を催した。
後ろにいる二人も同じようにしているのが分かる。
すると突然その黒い人型が頭を抱えたかと思うと絶叫を上げた。
「だめだったああぁぁぁあああぁぁぁあああ」
その声はこの世のものとは思えない程おぞましく、体が芯から凍り付くような絶望感を覚えた。
その途端、辺りを漂う冷たい気配が動き出すのを感じた。
「おい!逃げよう!」
ヒデオが私の肩を叩き立ち上がらせてくれた。
シンジは既に走り出していて、私とヒデオはその背中を追いかけた。
すぐそこの家の門がとんでもなく遠く感じた。
なんとか門をくぐり抜け命からがら道路に飛び出した瞬間、耳元で再びタケシの絶叫が聞こえ、記憶が途切れた。
私は駅前のビジネスホテルで目を覚ました。
スマホを確認すると、翌日の日曜日になっていた。
意味が分からなかったが、シンジやヒデオと連絡先を交換していたことを思い出し、とりあえず二人に電話してみることにした。
すると二人ともワンコールも鳴り切らないうちに電話にでた。
三人の話を整理すると、三人とも全く同じ体験をし、全く同じところから記憶が途切れ、予約していたホテルで目を覚ましたのも一緒だった。
念のためタケシの家にも連絡してみたが、誰かが出ることはなかった。
私たちは再び三人で集まり、タケシの家に行くことにした。
明るければ怖いこともないはずだ。
駅前に集合し、歩いて行く。
昨晩ぶりに会った二人からは、明らかに覇気が消滅していた。
言葉数が少なく、不安そうな顔をしていた。
歩いていると、私はすぐに異変に気付いた。
明らかに街の様子が昨日と違うのだ。
昨日見たはずの駄菓子屋は一般の住宅に変わっていて、公園はマンションに、ラーメン屋はコンビニになっていた。
他の二人も混乱しているようだった。
私はコンビニに入り、店員に「この店は何年前からありますか?」と聞いた。
すると「六年前からです」と言われた。
店長にも聞いてみたが答えは一緒で、ラーメン屋のことは知らないようだった。
歩くほど私たちはますます混乱していった。
街の風景がまるで違う。
昨日の街はどこにいったのか、幻覚でも見ていたのか。
結論は出ないまま、私たちはタケシの家に向かった。
タケシの家に着くと、私たちは呼吸すら忘れて呆然としてしまった。
そこには、過去に火事で焼けたのだろうか、焦げた廃墟が風に晒されるままになっていた。
私たちは近くにいた近所のおじいさん、らしき人に声を掛けた。
「すみません。この家について聞きたいんですけど、何かご存じありませんか?」
「ええ?この家か?う~ん、昔からこんなもんじゃなかったかな~?。そんなこともあるもんなんだな~ははは」
曖昧な記憶に疑問を持つこともなく、朗らかに笑っているおじいさんに私たちは何とも言えない気持ち悪さを感じた。
その日は更にあちこち歩き回ったが、結局何も分からなかった。
もやもやした気持ちを抱えたまま、翌日には仕事があるからと私たちは帰ることにした。
シンジ「結局何だったんだろうな。」
ヒデオ「マジで意味わからん。俺ら異世界転生でもしたのかな」
私「タケシはどうなったんだろうな?」
タケシの名前を出すと、二人は不思議そうな顔をして私を見た。
私「え?なに?」
ヒデオ「タケシって、誰だっけ?」
シンジ「同級生にそんなやついる?」
私「は!?俺らタケシに誘われて集まったんだろ!タケシと連絡とれないってさっきまで話してたじゃん!」
シンジ「???・・・すまん、マジで分からん」
ヒデオ「これって誰が誘ったんだっけ?シンジ……じゃなさそう。じゃあお前だろ。なんだよ、怖がらせようとしてんの?w」
私「は……?なんでついさっきまで話してたこと覚えてないんだよ。冗談でも面白くないぞ。」
ヒデオ「さっきまで?さっきって、思い出の場所ツアーのこと?」
シンジ「その名前マジダサいなw」
そのあと、私が何度タケシのことを話しても二人は分からないと言うだけだった。
結局、私が変な目で見られたまま、微妙な空気感を残し別れることになった。
あの日のことも、タケシのことも、今では私だけしか覚えていないようだ。
卒業アルバムを見ても、タケシはどこにもいなかった。
どうやら存在していないらしい。
私は、私の青春時代の思い出と、あの異様な夜の事を忘れたくない。
せめてもの抵抗として、ここに残すことにした。
私の話が、誰かの記憶に残ることを祈る。
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