体験場所:北海道S市
あれは私が社会人になって3~4年目の頃だったと思います。
S市の某区役所で当時激務だった部署に配属され、毎日22時頃まで当たり前のように残業する日々が続いていました。
そんな部署に新しい課長が着任されたのは、その年の4月の事でした。
真っ白で立派なフサフサ眉毛が印象的な(マリオのクッパみたいでした)小柄なおじいちゃん課長。それが私の第一印象でした。
課長職以上は何時間残業しようと残業代が発生しないらしく、前の課長も隣の課の課長も終業時間になったらあっという間に定時退社をキメて、係長職以下我々下々の職員がヒーコラ言って残業しているのが常でした。
ですが、新しく来たクッパ課長は定時だからと即座に帰宅することもなく、20時頃までは席に残り、時には他の職員の相談に乗ってくれたりもしていました。
「ざ、残業代が、で、出ないのに?!」
新人ながら私も「この課長はなんと人が出来ているのだろう…」と驚いたものです。
我々下々の職員だけで残業していても、時にはやはり上役への相談が必要な案件などもあって、結局翌日に持ち越す仕事もあったりして困っていたので、課長が残ってくれるのは本当にありがたかったです。
聞けばクッパ課長、去年までは部長職として勤務されていたのだそう。
それなのにちっとも偉ぶることもなく、帰り際には「あんまり頑張り過ぎるなよ、お先に帰りますね」と、若手を気遣う言葉もかけてくれる、本当に人望の厚い方でした。
その年の8月でした。課長が亡くなったのは。
自宅に帰った後、クモ膜下出血で倒れ、すぐに搬送されたものの、搬送先でそのまま亡くなってしまったとのことでした。
信じられませんでした。
昨日も一緒に働いていたのに。
元気そうで帰り際も「無理するなよ、お疲れさん、お先に~」と私たち若手に声を掛けて行ってくれたのに。
でも、そういえば昨日は珍しく定時で帰られたんだった。今思えば具合が悪かったのかな。
そんなことを色々考えても、亡くなってしまった人が戻るわけではなく、そんな時に同じ職場の誰かがポツリと呟いた言葉が今でも心に残っています。
「ホント、良い人ほど早く死んじゃうね」
その翌日も悲しいかな、変わらず私は残業していました。
珍しく他の職員はまばらで、同じ部署には2~3人しか残っていなかったと思います。
真夏の残業。
夜は外から室内のライトに引き寄せられた虫たちが入ってきてしまうので、窓は閉め切り、エアコンをフル稼働させるのが常でした。
それなのに、その夜20時頃。
どこからか一匹の蝶が現われ、職場の机一つ一つをゆっくりと確認するようにヒラヒラと飛んでいるのです。
もちろんその日も窓は閉め切っていて、エアコンが全開で回っています。
その時、直感しました。
あれは、課長だ。
私は心底虫が苦手で、ハエがプ~ンと出現しただけで無意識に悲鳴を上げて後ずさってしまうくらいです。
それなのに、あの蝶には全くその類の嫌悪感がありません。むしろ、優雅に舞いながら各席を回る姿には安心感すら覚える心地よさです。
心霊現象とかそんな非科学的なものは一切信じてない私なのに、むしろ理論もへったくれも関係なく、あの蝶は間違いなく課長だという確信すらありました。
蝶は、ぐるっと課内の職員の席だけを回ると、寄り道することなくそのままいつも課長が帰っていた出口から飛び去って行きました。
私をそれを見送った後も、しばらくボーっと出口を眺めていました。
いつも課長が帰宅される夜20時、いつも課長が職員の様子を案じてくれていたように課内の席をグルッと回り、いつも課長が一声かけて帰られる出口から飛び去って行った一匹の蝶。
本当に不思議なことですが、あれは絶対に課長だったと今でも確信しています。
最後に職場を見に来てくれたんだろうなと思って、泣けました。
亡くならないで欲しかった。早すぎますよ、まだ60代だったのに。
今でも心霊現象の類は概ね疑ってかかっていますが、あの時だけは人間の魂は実在すると、そう感じました。
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