体験場所:秋田県 某所
これは、私の幼少期の頃の記憶にある不思議な体験です。
私が物心ついた頃から我家では年に一回、年の瀬に、『神様の家に行く』という決まりがありました。
そこで『神様』と呼ばれるお婆さんに、来年のお告げをしてもらうのです。
時には親戚一同で行くこともあったように記憶しています。
ただ、幼かった私にとって、この神様の家は不思議な存在であり、恐怖の対象でもありました。
神様の家は私の住む場所からはずいぶん遠く、秋田県のどこか、住宅地からちょっと離れた僻地のような場所にポツンと建っていたように覚えています。
外観は昔ながらの家屋という感じで、中に入ると部屋に大きな太鼓があり、壁には沢山の人形が祀られていました。
そんな異様な空気感が漂う家の中で、私たちは掘りごたつに入り、着物を着たお婆さん、つまり神様のお告げを聞かなければならなかったのです。
因みに、私が神様の家で何を恐れていたかというと、そこに祀られている中の一体の人形でした。
その木彫りの人形は長い前髪を垂らし、その間からジトッとした視線が私に向けられているような気にさせられるのです。
見るともなく、気持ち悪いなーとその人形を意識していると、私は必ずお腹が痛くなり、神様の家にも関わらず度々寝込んでしまうようなこともありました。
そんな体験もあって、私にとってその人形は、ひときわ異彩な雰囲気を放っているように感じられたのです。
幼少期にはそんな奇妙な体験をしていたのですが、私が成長するに連れ、いつの間にか家族みんなで神様の家に行くことは無くなっていました。
しかし、高校生になったある日、私は再びあの人形と再会することになりました。
母が突然あの人形を家に連れ帰ってきたのです。
忌み嫌っていた人形が出し抜けに目の前に現れ、私は凍り付きました。
幼少期の頃の不快な記憶や体験を一気に思い出し、しばらくの間言葉を失ってしまいました。
人形から放たれる視線は以前と変わらず薄気味悪く、私の心臓をキュッと締め付けます。
たまらず「どうしてこんな人形持ってきたの!」と、母を責め立てました。
すると、母から信じられない事実を告げられたのです。
実はその人形、我家の守り神なのだと母は言うのです。
そもそも神様の家で祀られていた沢山の人形たちは、それぞれがそれぞれの家の守り神として祀られていたそうなのです。
そして、皮肉なことに、中でも私を最も恐怖させたその人形こそが私の家の守り神だそうなのです。
信じられませんでした。
そもそも人形が守り神という概念に困惑しましたし、何より私が最も嫌悪していた人形こそが我家の守り神なんて…
すると母の話はこう続きました。
「神様が、亡くなったの・・・」
幼少期の頃の記憶、神様と呼ばれていたお婆さんの顔を思い出し、あの頃の感覚が鮮明に戻った頃、母から更に意外な事実を聞かされました。
実は、子供の頃に私が神様だと教えられていたお婆さんの正体は、イタコなのだそうです。
東北地方に広く伝わる信仰の巫女で、死者の霊を『口寄せ』ると言われる存在です。
余談ですが、私の母の母、つまり私の祖母は、随分と早くに夫を亡くしました。
それからは女手一つで私の母を含む子供3人を育ててきたのですが、その祖母が心の拠り所としてすがっていたのが、イタコであるあの神様の存在だったそうなのです。
だから我家では、毎年そのイタコの家にご挨拶に行っていたそうなのです。
そのイタコが亡くなってしまった。それで守り神の人形を受け取り持ち帰ったのだと、母は言いました。
幼少期には知り得なかった事実をいろいろ聞かされ、私は困惑しました。
ただ、母の話を聞いた後、再びその人形に目を向けると、それまで感じていた恐怖心はほとんど薄らいでいました。
でも、どうしても私には、記憶の中で恐怖の対象だったその人形を家に置いておくことが耐えられず、それを母に訴え続けました。
結局、人形はお寺でお焚き上げしてもらうことになりました。
お焚き上げ当日、空はすっきりとした快晴でした。
人形は火にくべられ、パチパチと音を出して焼けていました。
その間、なぜか私は涙が止まらなくなりました。
正直悲しくもないのに、自分の意志とは無関係に涙がこぼれてしまうのです。
家族の中で泣いているのは私だけでした。
なぜ私だけがあの人形をあんなに怖がり、お焚き上げで涙を流したのか、未だに分かりません。
だけど、あの人形は確かにうちの家族と深い関係にあったのだと思います。
正直、イタコの存在すら信じていなかった私ですが、あの人形との出来事だけは今も心に深く刻まれる不思議な体験となりました。
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