
体験場所:埼玉県蕨市の古いアパート
これは、5年前に東京から引っ越した時の話です。
私は仕事の関係で、埼玉県蕨市にある古いアパートで一人暮らしを始めました。
そこは築40年近く経っている建物で、私の借りた部屋に関して言うと、いかにも「前の住人の気配が残っている」そんな雰囲気のところでした。
引っ越しの翌日、ポストを確認すると、妙な違和感を覚えました。
一通だけ封筒が入っていました。表面に手書きで「〇〇(私の名字)様へ」と書いてあり、差出人の名前も住所もありません。管理会社のミスかと思いましたが、いちおう開封してみると——中には便箋が一枚だけ入っていました。
そこには達筆な文字でこう書かれていました。
「この部屋では、夜11時以降に床を歩かないでください。もし足音が聞こえたら、それは貴方の音ではありません。」
一瞬、ぞっとしましたが、いたずらかと思ってすぐに捨てました。
ただ、その後、“私以外の足音”を、本当に聞いてしまうことになったんです。
それから2週間くらい経った頃でしょうか。
夜、寝ようと布団に入った時、確かに「誰かがゆっくりと歩く足音」が聞こえてきたんです。
ペタ…ペタ…って、スリッパみたいな足音。
時計を見ると、11時3分。
驚いて飛び起き、直ぐに部屋を全部確認しました。でも当然私以外に誰もいるわけがなく、ドアも鍵もちゃんと閉まっています。
上の部屋や隣の部屋の足音でもありません。確かに壁も天井も薄い部屋でしたが、上の部屋は空室で、隣は女性の一人暮らしでしたが、出張中と聞いていたので、音の出どころが本当に分かりませんでした。
ただ、先日の手紙にあった「床を歩かないでください」という警告だけが妙にリアルで、その夜に聞いた足音のことを“知っている誰か”が存在する、それはだけは間違いないのだと思いました。
あの手紙を書いた人は誰だったのか。その後、ポストに手紙が入ることは一度もなく、管理会社に聞いても「そんなものは預かっていない」とのことでした。
その後も同じように“誰かの足音”を聞くことは何度かありました。
やっぱり足音が聞こえるのはいつも、「床を歩くな」と手紙に書かれていた時間帯でした。
それから少し経って気付いたんですが、その部屋の床板、古い木造アパートなので、歩くとどこもかしこもギシッミシッと床が軋んで音が鳴るのですが、部分的に軋まない箇所がありました。玄関からリビングへ続く通路の一部だけ、全く床の軋み音がしない場所があったんです。
それで、あの足音に関してですが、どこからともなく現れたかと思うと、ペタ…ペタ…と歩いては、だいたいいつも、その軋まない床の辺りで「消えている」ような気がしたんです。
その後、同じアパートに長く住んでいるというおばさんと話す機会があって、聞いてみたんです。「あの部屋、前にどんな人が住んでいましたか?」って。すると一言、「あそこはね、誰が住んでも三ヶ月で出ていくの。だいたい、同じ時期にね」って。
偶然だと思いますが、私も住んで3ヶ月後に仕事の関係で別の町に引っ越しました。
仕事関係での引越しのはずなのに、図らずも、まるで何かに“追い出された”ような形となってしまいました。
それが偶然なのかどうか、分かりません。
正直、蜃気楼のような掴みどころのない体験で、あの部屋に今も誰か住んでいるのか、気になります。
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