体験場所:岩手県E市 友人宅
これは、私が高校一年生の夏休み中に、実際に体験した話です。
おそらくは心霊の類の体験だと思うのですが、それ以前もそれ以降も全く心霊体験がない私にとっては、この体験がとても印象深く記憶に残っています。
当時私は、岩手県E市という人口3万人程の小さな田舎町に住んでいました。
土地柄もあって家が農家という友人が多く、私たちが溜り場としていた友人Aの家も、坂の上にある農家でした。
Aの家は、小学校の課外研修なども行われるような広大な土地を有する農家で、東京ドーム何個分?という感じのバカ広い農地では、朝からヘリコプターを飛ばして農薬を撒く程のでかさでした。
そんなAの家が、私たちの溜り場となったのにはある理由がありました。
Aの家のその広い敷地内には、別邸と呼ばれる離れがあったからです。
離れは牧場に囲まれ、周りは牛ばかり。
敷地内の私道の先にあるAの本宅までも50~60mは離れており、一番近い近所の家までもかなりの距離がありました。
どれだけ騒いでも周りの迷惑になる事もなかったため、私たちにとってAの家の離れは最高の遊び場であり、当然のようにそこが私たちの溜まり場となったのです。
その日も、暑い夏の日差しの中、自転車を漕いで長い坂をひたすら登り、私達は男5人でAの家の離れで遊んでいました。
夕暮れを迎える頃でした。
そろそろ灯りを点けようかというぐらいの時、突然友人のBがおもむろに声を上げました。
「あっ、光った…」
その口調が、何か奇妙なものを目にしたような、少し怯えているような、どこか調子がおかしかったんです。
Bは私たち5人の中でも大人しい方で、無意味に騒いだり嘘をついたりするタイプではありません。
そのBが妙な声を上げたかと思うと、その後ボーっと一点を見つめたまま立ち尽くしていたので、どうしたのか訳を聞いてみたんです。
するとBが言うには、夕暮れで薄暗くなっている室内が、突然一瞬青白く光り、棚の中の写真とかまでハッキリと見えたと言うのです。
すぐに全員が棚の方に目を向けましたが、棚の中に飾られた写真は夕暮れの濃い影に覆われて、写真があることすら分からない程です。
「は?お前、何言ってんの?」
そう言って、妙なことを言うBをからかっていると、突然私にも見えたんです。
青白い光が天井をパッと照らしたのが…
「え…何これ?」
他の友人たちにも同じタイミングで見えたようでした。
何が起きたのか分からないまま私たち全員が棒立ちになっている間にも、その青白く光るフラッシュは連続して瞬き、その間隔はどんどん短くなっていきます。
「おいおい、本当にこれ何!?」
パニックになる私たちを他所に、遂にフラッシュの間隔はゼロに等しくなり、灯りがいらないくらい家の中全体が青白い光だらけになった時、私達は大声をあげて外に飛び出したんです。
一体何が光っているのか全く分からないのですが、弱ったことに、その青白い光は外に逃げる私達を追いかけて来るんです。
自転車に乗って駆け出す私たちとは別に、本宅に向かって走り出したAとはそのまま別れ、私達4人はそのまま敷地を出て坂道を駆け下りました。
追いかけて来る光とは別に、自転車の前輪が青白くフラッシュしていることに気が付きました。
明らかに自転車のライトとは違うその光は一体何なのか、何が私達を追いかけてきているのか、何も分からないままとにかく下り坂を全力でペダルを漕いで駆け下りました。
夢中で自転車を漕いでる途中、救急車と警察のパトカーとすれ違ったような気もしたのですが、その時はそれどころでありませんでした。
気が付くと、いつ光を振り切ったのか分かりませんが、息も絶え絶え、どうやら無事に家に帰り着けました。
すると同時に、無事だったのであろうAから電話がありました。
「帰り道で警察と会わなかった?それと救急車とか見なかったか?」
なぜそんなことを聞くのか分かりませんが、そう問いかけるAの質問に、
「なんとなく、坂の途中ですれ違ったような気がするけど…」
気が動転してたので確信はありませんでしたが、そう答えると、Aは急にこんなことを話し出しました。
Aの家に向かう坂道を、Aの家をスルーする形でもう少し上ると、頂上付近に大きめの公衆トイレがあるんです。ちょうど田舎の方の高速道路にある、小さなパーキングエリアのような規模のものです。
その公衆トイレで、その日、子供を連れて家出をしていた女が無理心中をしたのだと言うのです。
女が死ぬ直前に、家族に最後の連絡をしたことにより、警察と救急車が駆け付けたのだそうです。
恐らく、私が無我夢中で自転車を漕いでいる時にすれ違ったのがそうだったのでしょう。
その後、一番近い民家であるAの家に、警察が先ほど話を聞きに来たのだそうです。
さっきまで私たちが遊んでいたすぐそばで、そんな悲惨なことが起きていたことが信じられませんでした。
身近な場所での想像だにしない凄惨な出来事に動揺しながらも、私はあることに気が付いたのです。
今日、離れで遭遇した青白い光、あれは公衆トイレで命を絶った母子のものだったのではないだろうか?
もしかしたら命を絶った直後、何かやり残したこと、伝えたいことがあったのではないだろうか?
それを現場から一番近い場所にいた私たちに伝えようとしたのではないか?
子供を巻き添えに、自ら自身の命を断つという行為は決して許される事ではありません。
ですが、その恐怖と不安は想像を絶する苦しみだったことでしょう。
それを少しでも誰かに伝えたかったのか、もしかしたら、やっぱり生きたかったのか…
真実は分かりません。
ですが私たちにとってそれは、どこか物悲しく寂しい不思議な夏休みの体験として、今でも時折思い出すのです。
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