【怖い話|実話】短編「湿気た旅館」心霊怪談(宮城県)

投稿者:らくこま さん(40代/女性/会社員)
体験場所:宮城県O市の老舗温泉旅館

宮城県のO市には昔ながらの温泉宿が点在しています。

古くは多くの湯治客が訪れる温泉地だったのですが、現在では寂れ果て、かつての活気はありません。
通りには廃業した廃墟のような建物も立ち並んでいます。
良く言えば「ひなびた温泉地」とも言えるのかもしれませんが、そんな古めかしく人通りの少ない温泉街を車で通過する度に、日中ですら少し不気味に感じていたのです。

そんな温泉街の中にある老舗旅館に、上司と営業に伺った時の話です。

ひなびた温泉地の老舗旅館
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古めかしい佇まいのその旅館は、掃除は行き届いているのですが、館内は温泉の湯気によるものなのか、強い湿気が漂っていて、昼だというのに陰気で薄暗く感じるものでした。

応接室に通され、すぐに旅館の主と商談を始めました。

ですが、商談を始めて10分も経つ頃には、私は急激に自身の体調が悪化するのを感じていました。

最初は片頭痛と嘔吐感に襲われ、次第に胸が苦しくなっていきました。
そのうち高い山にいるような息苦しさを感じ、脂汗がにじみ出てきたのです。

隣に座っている上司を横目で見ると、上司の顔色も真っ青になっているのが分かります。
湯呑を持つ手が震えているのを見て、上司の体にも異変があることを悟りました。

旅館の主が席を外した隙に、2人で顔を見合わせるなり、

「ここ、おかしくないですか?すごく気味が悪くて、体調がおかしいんです・・・」

そう私が伝えると、上司が思わぬことを言い始めたのです。

「おれ、人にはあまり言わないようにしてたけど、ココ…絶対いる。」

「え?幽霊…ですか?」

「いや、幽霊もいるにはいるけど、それは大したことはない。もっとヤバイのがいる」

上司のただらぬ様子を目にして、私の体調はますます悪化し、今すぐここから離れたいと感じました。

それは「気味が悪いから帰りたい」とか「体調が悪いから休みたい」とか、そんな言葉で表せるものではなく、「今すぐこの建物を出なければ!」と本能が訴えているような感覚でした。

宿の主が戻るなり、私達は早々に商談を切り上げ、上司と2人で逃げるようにその宿を離れました。

「久々にヤバかった・・・」

呟くようにそう言った上司の顔は、温泉街を出た後も青ざめたままでした。

私はというと、温泉街を出た途端にウソのように頭痛も吐き気も治まったのですが、ただ、肩の辺りの重くだるい感覚だけがいつまでも残ったままでした。

すると、車のハンドルを握る上司が「すこし寄り道する」と、とある神社へと向かいました。

ワケも分からないまま、上司の親戚が宮司を務めるという神社でお祓いを受けました。

そこの宮司さんと上司は、強い霊感を持つ古い家系の血筋だそうで、その先祖はこの地域のお祓いを生業にしていたと伝えられているそうでした。

その宮司さんが言うには、私たちが先ほど訪ねた宿には、幽霊よりももっと強力な何かがいるそうです。
それは幽霊や妖怪とも違い、古くから土地に蓄積した人や動物などの意識が混ざり合った混沌とした何かだということでした。

「元々それは、私達のご先祖様が一度封印した存在かもしれない。」

宮司さんはそう推測しているそうなのですが、現在ではご先祖のような霊力や技術も失われ、それに対処する術がなく、「その宿には今後近寄らないようにして下さい」というアドバイスしか出来ないとのことでした。

すっかり顔色も体調も普段通りに戻った上司が「…取引先なのに、困ったな」と困惑しながらも、ようやく笑顔を見せた時でした。

上司のスマホが鳴りました。
相手は先ほどの宿の主でした。

恐る恐る上司が電話に出てみると、

「もう少しだったのに!なぜ逃げた!!」

女の叫び声
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と、突然聞いたことのない女の叫び声が轟いたかと思うと、通話は唐突に切れました。

(…何だ…今の…)

狼狽した上司と私は凍り付き、恐怖のあまり思考が止まり、声も出ませんでした。

すると宮司さんが言いました。

「お祓いが間に合って良かった。2人とも自分の手首を見てみなさい」

何も考えられないまま、私達は宮司さんの声に従い自分たちの手首に目を向けました。

手首の傷
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私は右手首、上司は左手首、その同じ位置に、爪で引っ掻いたような痕が浮き上がっていました。

そんな出来事から5年が経ちました。

私は会社を辞め、今は主婦として平凡で幸せな生活を送っています。

今ではあの正体不明の何かの影響は消えたと思うのですが、右手首の痕は消えないままです。

これは、あの恐ろしい何かが今もあの宿に存在している証なのではないのかと、ふと右手首の痕を見る度に思い出します。

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