体験場所:岡山県N市
これは私が社会人になったばかりの頃の体験です。
当時、私は岡山県の地元のアウトドアサークルに入っていました。
キャンプや釣り、ハイキング、バトミントンなど、日によって活動内容は様々でしたが、締めには必ず飲み会がセットになっている、ゆるい飲みサークルでもありました。
その日は7人ほどのメンバーが集まり、県内のコテージを借りてバーベキューをしようという話をしていました。
そのコテージは地元では結構人気のスポットで、建物は綺麗だし、敷地も広く色々なスポーツが出来る公園も併設されているので、みんなとても楽しみにしていました。
しかし、前日になってリーダーから突然連絡が来ました。
「ごめん。実はコテージの予約が取れなかったから、明日は俺の友人家族が所有している山の一軒家を借りることになった。今は誰も住んでないけど、管理はされてるから綺麗だし、隣家とも離れてるから騒いでもOKだって。」
そんな大事な変更を直前まで連絡してこなかったことに私は少しモヤッとしましたが、仕方ありません。
コテージはまた次の機会に……ということで、今回はその、リーダーの知り合いが所有するという山の一軒家をお借りすることになりました。
翌日、早朝から集まり、リーダーが運転するレンタカーに乗り込みました。
男性4人、女性は私を含めて3人。
男性はリーダーの他にC君、D君、E君、女性は私の他にAちゃんとBちゃんです。
いつもの顔ぶれではありましたが、男女で一泊のイベントということもあり、みんなテンションが上がっていました。
車が走り出すと同時にハンドルを握るリーダーにAちゃんが尋ねました。
「今日泊まる家ってどこにあるの?」
「予定してたコテージと同じN市だよ。だから明日、帰る前にコテージにある公園に行って遊ぶだけなら出来るよ」
「そうなんだ。よかったじゃん!」
「でも、泊まる家はもうちょい山の奥にあるんだよね。俺も住所もらっただけで、ナビ頼りなんだけど」
ふーん、とみんなが相槌を打ちます。
「まあ、泊まるとこあってよかったよ。一軒家なんてよく借りれたなあ。」
「前に、ダチがそういう家があるって言ってたのを覚えてたんだよね。そいつの婆ちゃんが5年くらい前まで住んでたんだけど、亡くなってもう誰も住んでないんだって。でも水道も電気も通ってるから、風呂も入れるし、普通の家と同じだって。」
リーダーの話を聞いて、みんな「ラッキーだな~」なんて話していました。
行きの道中でバーベキュー用の食材やお酒をしこたま買い込み、その家に着いたのは午前10時半ごろでした。
話に聞いていた通り、かなりの山奥です。
途中、(こんなとこに人が住んでるの?)と思うような、山の奥にある急な坂道を車をガタガタいわせながら登っていくので、女性陣が少し怖がるようなロケーションであったことは間違いありません。
でも、その家は如何にも田舎のおばあちゃんちといった感じの普通のよくある日本家屋で、たしかに古いですが掃除も行き届いていて、思った以上に清潔でした。
ただ、山奥にあるせいか日当たりが悪く、まだ昼間なのに家の中は薄暗くて少しジメジメしているのが気になりました。
とは言え、隣の家まで100メートル以上あるのでいくら騒いでもOKというのは最高です。
コテージだと、やはりそういう訳にはいきません。
飲むと大騒ぎするメンバーばかりなので、私は俄然ワクワクしてきました。
男性陣が家を換気したりバーベキューの準備をしている間、女性陣3人で辺りの散策をすることにしました。
家の周りを少し歩いてみましたが、木々が生い茂っているだけで特に面白いものもありませんでした。なので家の方に戻り、裏の畑があったと思われる場所で私たちはダラダラとおしゃべりをしていました。
するとBちゃんがふと顔を上げて、「今そこに誰かいなかった?」と言いました。
Bちゃんが指を差したのは家の裏に付いている磨りガラスの窓です。
場所からして、恐らくトイレのようです。
そこから誰かがこちらを覗いていた、と言うのです。
「男たちの誰かじゃない?私たちの声が聞こえて見てたんじゃないの?」
そう言うとBちゃんは「うーん?」と首を傾げて、
「でも、なんか……女の人っぽかったんだよね……。髪が長いように見えたっていうか、服も白っぽかったし……」
「えー、やめてよ!男子誰も白い服着てないよ!」
「ごめんごめん、見間違いかも。擦りガラスだからぼやっとした人影だし。多分男子だよ!」
Bちゃんは笑っていましたが、Aちゃんと私は急に怖くなってしまい、早く戻ろう!と、男性たちのいる家の中に戻りました。
中にいたCくんに、
「さっき誰かトイレ入ってた?」
と聞くと、4人ともトイレは使ったと言います。
「じゃー誰か窓から外見てた?」
「俺は見てないよー。Dは?」
「あ、見たかも。女子がいるなって思って」
「じゃあDくんだったのかな?」
「でもDくんは金髪だし服も青いよ」
「何の話ー?」
私たちは男性陣に先ほどの話をしました。
みんな「こえー」と言っていましたが、まあDくんだったんだろうということになりました。
私もそうだろうと思いましたが、Aちゃんだけは納得しておらず、
「全然服装違うじゃんー。そんなの見間違うー?」
と違和感を感じ、少し怖がっているようでした。
するとリーダーが、
「別にこの家になんかあるとか聞いてないけどなー。他にも俺たちみたいに借りたやつもいるらしいけど変な話とかないし。それに住んでた婆ちゃんには俺も一回だけ会ったことあるけど、普通に優しい良い婆ちゃんだったよ。しかも最後はこの家じゃなくてグループホームに入って老衰で死んでるから呪いとかないっしょ」
と宥めて、ようやく「まあそうかー」と落ち着いたようでした。
昼食は買ってきたお弁当を食べつつ、早々にお酒も入り、みんなでワイワイとゲームなどするうちに、あっという間に夕方になりました。
夕飯はメインイベントのバーベキューです。
みんなで庭に出て火を起こしたり食材を出したりしていると、トイレに行っていたAちゃんが青い顔をして戻ってきました。
「ねえ、今誰か家の中に入ってた?」
Aちゃんに尋ねられて、私は「いや、Aちゃん以外はみんなここにいたよ」と返しました。
「本当に?さっきトイレに入ってたら、誰かにコンコンってノックされたのね。だからハーイって返事をしたのに、またコンコンってノックされて……。変だと思ってすぐに出たんだけど、誰もいなくて……」
と、Aちゃんは気味悪そうに言います。
でも、確かにAちゃん以外のメンバーは全員庭にいたのです。
「気のせいじゃなくて、本当に?」
私も怖くなって、そう尋ねました。
「うん……でも、気のせいかも……」
Aちゃんは自信なさげに迷いながらそう言いましたが、釈然としないけれど、気のせいじゃないとしたら余計に怖い、だから気のせいということにしたい、そんな感じが伝わってきました。
「とりあえずみんなには黙ってて」
Aちゃんがそう言うので、私は薄気味悪く思いつつも、それ以上は何も言いませんでした。
それからバーベキューが始まりました。
お肉やお酒を楽しんでいるうちに2時間ほど経ったでしょうか。
私はだんだんトイレに行きたくなってしまいました。
AちゃんやBちゃんの話を聞いていたので、トイレに行くのはすごく嫌だったのですが、お酒も飲んでいたし、尿意は我慢できません。
もう限界だ、と思った私はリーダーに声をかけて、トイレの前まで付いて来てもらうことにしました。
「お前、幽霊怖いの?」
などと、リーダーが明るいテンションでからかってくるので、少しですが気も紛れます。
「絶対いてよね!」
トイレに着くとリーダーにそう言って強く念を押して私はトイレに入りました。
トイレは和式便器の上に後から洋式の便器を設置しているタイプで、元々はどっぽん便所だったのかツンとした匂いが漂っています。
急いで用を足してさあ出るかという時、不意に『コンコンコン』と、ドアが外からノックされました。
一瞬ビクッとしましたが、すぐにリーダーだと気が付きました。
「ちょっと、やめてよ」と声をかけましたが、また『コンコンコン』とノックされます。
「やめてってば」
私は急いでドアを開けようとノブを握った時、ふと気付きました。
リーダーはさっきのAちゃんの話を聞いていないのに、なんであの話と同じように、ノックをするんだろう?
そう思ってゾッとした時、何か嫌な予感がしてハッとトイレの中の小窓を振り返りました。
白い顔の人影が、窓の下から磨りガラス越しに目だけを出して、こちらを覗き込むように外に張り付いているのがハッキリ見えました。
「ぎゃーーーーーっ!!!」
私は絶叫しながらトイレから転がり出ました。
外で待っていたリーダーが「うおっ!」とビビってのけぞります。
私はリーダーに縋り付いて喚きました。
「いま、外に誰かいた!!!」
「はあ?外にいる誰かじゃないの?」
「ノックは?!ノックしたでしょ?!」
「何のこと???」
リーダーは、ノックなんかしていない、と一点張りです。
「絶対ノックされたもん!!絶対誰かいたんだよ!!」
パニックになっている私を、リーダーが宥めながらみんなのところへ連れて行きます。
半泣きで戻った私を見て、何があったかを聞いたAちゃんが、
「やっぱ変だよこの家!!」
と、更に泣きそうになっています。
しかし、リーダーは自分も知るお婆さんが住んでいた家を曰くものと思いたくないからか、女子たちが勝手にパニックになっているだけだと言って全く信じてくれません。
それどころか、「めっちゃ良いじゃん。怖えー怖えー。テンション上がってきたから怖い話しようぜ」と悪ノリし始める始末。
私とAちゃんは猛反対しましたが、男性陣と、それから元々怖い話が好きだと言うBちゃんが賛成した為、何時の間にかそのまま怪談大会を始める流れになっていました。
夜は9時を回るくらいだったと思います。
真っ暗な山奥でキャンプ用の照明に照らされながら、バーベキューの火を囲んで怖い話……。
普段なら私も怪談は好きな方なのですが、この時は最悪としか思えませんでした。
2人目か3人目が話している途中、もう耐えきれなくなって、「ちょっともう無理!」と私は席を立ちました。
かと言って、一人で家の中に入るのも嫌だったので、すぐそばに停めてある車に向かいました。そこなら照明が届くし、みんなの声も聞こえます。
用事は何でもよかったんです。車に積んでいるお菓子かジュースを取りに行く間だけでも、とにかくその手の話を聞きたくなかったのです。
トランクを開けて、ガサゴソ荷物を漁っていると、
「○○ちゃーん」
と、後ろから私を呼ぶAちゃんの声が聞こえました。
チラッと振り返ると、視界の端にこちらに近づいてくるAちゃんの足が見えます。
私はAちゃんも怖くて追いかけて来たんだと思い、
「Aちゃーん、怖いよねー」
と、荷物を探しながら声だけで返事をしました。
「○○ちゃーん」
きっと怖かったのでしょう、Aちゃんがか細い声で近づいてきます。
「Aちゃんー、みんな酷いよねー、もう泊まりたくないよー、帰りたいよねー」
「あー、○○ちゃーん」
「みんなまだ怖い話してるの?今どんな感じなんー?」
「うあー、○○ちゃーん」
あれ?と思った時、感情の無い平坦なAちゃんの声が言いました。
「みんな死んだー」
えっ、と思い勢いよく振り返ると、そこには真っ暗な闇が広がるだけで誰もいませんでした。
涙が出ました。
今度こそ本気で泣きながら、私はみんなのところへ猛ダッシュで戻りました。
私は恐怖を吐き出すようにみんなに今あったことを一気に話すと、Aちゃんが死ぬほど怖がって、帰りたい帰りたいと大騒ぎになりました。
とは言え全員けっこうな量のお酒を飲んでいるので、今車を運転すると飲酒運転になってしまいます。
仕方なく一晩中、家中の電気を点けて音楽をかけまくり、怖さを無理に掻き消すように全員でゲームをしながらテンションを上げて朝が来るのを待ちました。
翌日、予定していた公園には行かず、真っ直ぐ帰宅したことは言うまでもありません。
その後、リーダーは家の持ち主である友人にそれとなく話を聞いたそうですが、やはり思い当たるようなことは何も無いとのことでした。
Aちゃんはそれからも心底怯えていて、1人でお祓いだか霊能者の相談だかに行ったようです。
私も誘われたのですが、私はただもう忘れたかったので断ってしまいました。
Aちゃんが霊能者の人に聞いてきた話によると、恐らく空き家になったその家に無関係な浮遊霊が住み着いていたのではないか、ということでした。
その後、私の身に何か起こることはありませんでした。
ただ、この体験と関係があるのかは分かりませんが、Aちゃんはその翌月、事故で足を何針か縫う大怪我をしたそうです。
「怖がりすぎていたから逆に引き寄せたのかもなぁ~」
と、リーダーが他人事のように呑気に話していたのが個人的に怖かったです。
あの山奥の家での出来事は未だに謎のままですが、その家は今もあります。
夏になると思い出す、私の実体験です。
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