体験場所:高知県高知市の友達の家
小さい頃、どこの家でも雛祭りにはお雛様を飾るのが習慣だと思っていました。
うちの家ではそれが普通だったし、なんなら料理にもお雛様があしらわれたものを作ってくれるような小まめな母でした。
しかし、そんな家ばかりではないのだと気付かされたのは、仲のいい友達Fちゃんの家に遊びに行った時のことでした。
雛祭りのその日、私は今日の夕ご飯はなんだろうなとワクワクしながらFちゃんの家に向かっていました。
Fちゃんが貸してくれるという漫画が目当てでした。
それにFちゃんの家はお金持ちの豪邸で、当然ひな祭りの今日は豪華で華々しいお雛様が飾られているだろうなと思い、ちょっとそれを楽しみにしていたりもしたのです。
だけどFちゃんの家に到着してみると、思い描いていたようなお雛様はどこにも見当たりませんでした。
Fちゃんの家はそこらで見ないような豪邸です。
絶対にうちでは置けないような大きな大きなお雛様がどこかにあるはずだと思い、「ねえ、お雛様ってどこに飾ってるの?」と、素直にFちゃんに聞いてみたのですが、
「え?お雛様?」
と、逆に不思議そうな顔で聞き返されてしまいました。
知らないのかな?と思って、身振り手振りを加えてFちゃんに雛祭りのお人形について説明している時、奥のリビングからFちゃんのお母さんが出て来たのです。
たまに遊びに来るので、おばさんとも顔見知りでした。
だからいつもの感じで無邪気に「お雛様どこですか?」と聞いたのです。
すると、いつもニコニコと優しいおばさんが急に顔色を変えたのが分かりました。
「・・・うちは、お雛様を飾らないの」
おばさんは平然を装うように私にそう言いました。
そのまま話題を変えようとしたのか、次におばさんは私をリビングに誘うと、イチゴの乗った真っ白いショートケーキをおやつに出してくれました。
私はそのケーキにすっかり夢中になり、お雛様のことは一旦忘れたのです。
ケーキも食べ終わり、おばさんも居るリビングでFちゃんとおしゃべりしている時でした。
パタパタパタッと、ドアの向こうの廊下を、何かが走り抜けていく音が聞こえました。
一瞬、時が止まったように静かになりました。
Fちゃんは一人っ子だったし、お父さんは夜遅くまで帰ってこない家だったので、いつもならおばさんとFちゃんと私の3人だけしか家の中にはいないはずでした。
私は廊下の足音に首を捻り、悪気なく「誰かいるの?」とFちゃんに聞いたのです。
するとフルフルと首を振ったFちゃんがおばさんを見ました。
私も釣られておばさんに目を向けました。
おばさんは驚くほど酷く顔が青ざめていました。
私もFちゃんもなんだか変な感じがして、そのままおばさんの顔を見つめていると、廊下からまたパタパタパタと足音が聞こえたのです。
一つ一つは小さな足音で、それが複数人連れだって廊下を走り回っているようで、とても賑やかな足音でした。
おばさんは静かに立ち上がり、恐る恐る部屋のドアを開けると、ゆっくりと廊下に顔を出しました。
おばさんの背中は、そのままフリーズしたように動かなくなりました。
私とFちゃんは不思議に思って、おばさんが立つ脇の隙間に顔を入れ、ドアの向こうを覗き込みました。
廊下の先を、何か走っていくのが見えました。
人ではありません。人にしては小さすぎました。
薄暗い廊下の向こうを走るのは、小さな人形のような後ろ姿でした。
ひらひらとした着物のような布地をひるがえし、それはまるでお雛様のようなものが、パタパタッと廊下の先を曲がって居なくなったのです。
私たちはドアから顔を引っ込めると、ビックリした顔を見合わせ、
「・・・なに?今の、見た?」
と私が聞くと、
「・・・人形が、走ってた?」
と、Fちゃんは驚いた顔で呟きました。
ただ一人、おばさんだけが言葉を発することもなく、立ったままぶるぶると震えていて、その震え方が尋常じゃなくて、私とFちゃんは何も言えずに心配になりました。
その日はそのまま私は家に帰されたのですが、翌日、学校でFちゃんに昨日のことを改めて聞いてみたのですが、Fちゃんは何も話してはくれませんでした。
「うちは、お雛様を飾らないの・・・」
ただそれだけで、それ以上は何も話してくれないまま、その言葉だけがすごく印象に残りました。
私はそれ以来、雛祭りの日になると、Fちゃんの家で起こったあの奇妙な出来事を思い出します。
廊下を走っていたのは確かに小さな人形だったと思います。
動くはずのない人形が、Fちゃんの家の中を走り回っていた・・・
『うちは、お雛様を飾らないの』
もしかすると、お雛様を飾らない家には、何か人には言えない理由があるのかもしれません。
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