体験場所:神奈川県川崎市の病院
30年以上前の話です。
私がまだ10代の頃、胃の調子が悪かった父が病院で検査を受け、胃癌が発見されました。
急いで手術をしたのですが、お腹を開けてみると手の施しようがなく、最後に少しだけでも食べられるようにとバイパス手術のみを行いました。
お医者さんから父の余命があと3カ月だと、私たち家族(母と姉と私)にだけ宣告がありました。
当時、癌というものは治らない病気という時代でしたので、父には胃潰瘍だと嘘をついて闘病が始まりました。
手術を終えて家に戻り、胃潰瘍が治ったと喜ぶ父の姿を見るのが辛く悲しく、隠れて涙する日々を過ごしました。
数日が経過すると、むしろ体調が悪くなる一方の父は、自分が胃潰瘍ではなく癌なのではないかと疑いはじめました。
夜に、押し殺した父の泣き声を聞くこともあり、辛い辛い日々でした。
背中を痛がるので一日中さすり、私たちも眠れない日々が続きました。
父もだんだんと食べられなくなり、一人で歩く力もなくなり、体を痛がり熱でも苦しむようになり、再入院が決まったのはお医者さんが言った通り手術から3カ月が経とうとしている頃でした。
父の病室に簡易ベッドを入れてもらい、私たちは代わる代わる病院に寝泊まりするようになりました。
それは、私が父の病室に泊まったある晩のことでした。
父が私にこんなことを言うのです。
「〇〇(私の名前)、体が浮くからロープでベッドとお父さんの体を結びつけてくれないか。」
私は、父の魂が体から抜け出ようとしているのではないかと思い「大丈夫だよ。私がちゃんとお父さんを押さえておくから。」と言いました。
すると安心したように少し眠るのですが、今度は仰向けに寝ながら目をつぶったまま、無意識に両手を天井に向けて真っ直ぐ上げるのです。
びっくりして「おとうさん、手さげるよ?」と言って父の手をそっと下ろすのですが、それを何度も何度も繰り返すのです。
やせ細り、手を上げる力すらないはずの父が、何故そんなことができるのか、何故そんなことをするのか不思議でしたが、もしかしたら父の魂が天に上がろうとしている、体から抜け出ようとしているのではないかと不安になり、私も必死に父の手を下ろし続けていた晩を今も思い出します。
辛く悲しい夜が何度か過ぎ去った、今度はお昼のことでした。
父がこんなことを言いました。
「子供たちがそこで話をしている、聞こえないか?」
死の世界がもうそこまで来ているのだと、私は思いました。
もう、30数年も前の話です。
当時はとても辛く悲しく泣いてばかりいましたが、今ではだいぶ落ち着き(思い出すと涙は出ますが)、成仏した父もそろそろ生まれ変わろうとしている頃かな?、なんて思ったりもしています。
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