体験場所:静岡県浜松市天竜区
私の祖父母は浜松市にある天竜の山奥に住んでいました。
とても仲の良い夫婦で、子どもたちが成人した後も田舎でひっそり暮らすことを望んでいました。
しかし、老いた夫婦が2人きりで生活するにはあまりにも不便な場所でした。
コンビニなんかないのは当然として、スーパーマーケットも病院も家から随分と距離があり、行くだけでもちょっと一苦労な土地柄です。
しばらくは私の親や叔父叔母たちが時折立ち寄ってはサポートしていましたが、いよいよ祖父母の足腰が悪くなってきた頃には、もはや施設に入居してもらう他に手がありませんでした。
祖父母は施設に入ることなど望んでいなかったため、最初みんな申し訳ない気持ちで一杯でした。
しかし親戚一同、山奥での老夫婦のみの生活を心配していたため、そういう意味では安心できたねと話していたんです。
残念なことがあったのは、それから少ししての事でした。
施設に入居後、間もなくして、祖父母共に子供や孫の誰のことも分からなくなってしまったんです。
顔を見せても知らない人と接するような態度をとられてしまい、とても悲しく思いました。
それでも顔を見せないよりは良いはずだとスタッフさんからのアドバイスがあったので、偶にではありますが、みんな交代で顔を出すようにしていました。
何度会っても思い出してもらえなかったけど、祖父母の元気な姿は見られたので、私たちは安心して過ごすことが出来たんです。
ただ、入居から半年が過ぎた頃、とても悲しい事が起きてしまいました。
入居前、祖父母が大事に飼っていた愛犬が亡くなってしまったのです。
祖父母の入居後、預かった犬は年齢もそこそこで、体調も芳しくなかったため注意深く見ていたのですが、看病の甲斐虚しく残念なことになってしまいました。
祖父母にその事を告げようか迷いましたが、せっかく覚えていないのなら、変に悲しい話はしない方が良いと、みんなで話し合って決めたのです。
しかし、次に祖父母に会った時、不思議なことが起こりました。
祖母の口から唐突に愛犬の名前が出たのです。
祖父母が私たちのことを忘れてしまって以来、一度も犬のことを話題にしたことはありません。
それなのにその日、急に祖母が愛犬の名前を呼んだかと思うと、
「〇〇(愛犬の名前)、亡くなったのかね、そうかね・・・」
と、独り言のように声にしたのです。
あんまり分かっているかのように呟くので、そうとも違うとも、誰も答えることは出来ませんでした。
後で確認したのですが、やはり親戚の誰からも祖父母に愛犬の事を話した人はいませんでした。
それなのに祖母は知っていた。
もしかしたら記憶が戻ったのかと思えばそうではなく、相変わらず私たちのことはほとんど忘れてしまっている様子です。
それなのに愛犬のことを、それも実際に亡くなったタイミングで口にしたことが不思議でなりません。
もしかしたら、愛犬が最後の挨拶をしに祖母の枕元に立ったのかもしれないと、思わずにはいられない出来事でした。
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