
体験場所:鳥取県東部の山間部
これは、私が不動産管理の仕事に就いて間もない頃、鳥取県東部の山奥にある、古い民家の現状調査に立ち会った時の体験です。幽霊を見たというような、分かりやすい恐怖体験ではありません。しかし、今思い出しても、あの村の人々の「当たり前」の中に潜んでいる狂気のようなものが、一番恐ろしかったと感じています。
当時、私は相続放棄された物件の処分に関する仕事を引き受けていました。その物件は、最寄りの幹線道路から、更に細い山道を車で30分ほど進んだ、地図にも載っていないような小さな集落にありました。同行したのは、地元の古参の行政書士である中地(なかち/仮名)さんという60代の男性です。
「オカダさん(私)、このあたりの村はね、少し変わった古い考えが残っているから、あまり家の中の物を勝手に動かさない方がいいですよ」
車中で中地さんは、冗談ともつかないトーンでそう忠告してきました。私は単なる過疎化の進んだ村としか思っていなかったので、その時は適当に返事をしただけでした。
集落に到着すると、そこには数軒の茅葺き屋根をトタンで覆った古い民家が並んでいました。
調査対象の家は一番奥にあり、庭は膝丈ほどの雑草で覆い尽くされていました。玄関の引き戸は建て付けが悪く、無理に開けると「ギギギ」と山全体に響くような嫌な音を立てました。
家の中は、数年前まで人が住んでいたとは思えないほど淀んだ空気が溜まっていました。古い木材が腐ったような匂いと、カビの臭いが混ざり合っています。
調査自体は順調に進んでいました。
ただ、奥の仏間に入った時でした。私はある違和感に気が付いたのです。
仏壇の横の壁に、高さ50センチほどの小さな木の扉があったのです。
押入れは別にあったので、それとは違うようです。まるで犬走りの入り口のようなサイズですが、装飾は非常に丁寧で、何重にも注連縄(しめなわ)のようなものが巻き付けられていました。
「これは、何ですかね?」
私が何気なくその扉に手をかけようとした瞬間、背後から「やめなさい!」という鋭い声が響きました。振り返ると、いつの間にか村の住人らしき男性が、縁側の外に立っていました。80歳は超えているであろう、深い皺を刻んだ老人です。
「それは『迎え』の通り道だ。勝手に触れば、あんたが代わりに連れて行かれるぞ」
老人は、怒っているというよりは、至極当然のルールを教えるように、淡々とした口調で言いました。
中地さんが慌てて老人のもとへ駆け寄り、丁寧に頭を下げました。
聞けば、この村では人が亡くなる直前、この「小さな扉」を開けておく習慣があるそうなのです。そうすることで、先祖が迷わずに迎えに来られるのだと。
変わった風習だと思いました。が、特別気味が悪いとも思いませんでした。
しかし、私が鳥肌を立てたのは、その後に続く老人の言葉でした。
「最近は若者がいなくて、『練習』もできんから困ったもんだ」
練習、という言葉に私は引っかかりました。中地さんも顔を引き攣らせています。老人は、私たちの反応を気にする様子もなく、家の中を指差しました。
「誰かが死ぬ前には、元気なやつを一人、あの扉の向こうに一晩座らせておくんだよ。死ぬのが怖くないように、向こう側の景色を教えてやるためにね。そうすれば、本当に死ぬ時に楽にいける。これがこの村の『お迎え』の練習だよ」
老人の話によれば、扉の向こうは単に家の裏側に出るのではなく、山の斜面をくり抜いた小さな横穴に繋がっているそうです。そこに座らされた人間は、一晩中、外から扉を叩く音や、誰かが自分の名前を呼ぶ声を聴き続けるのだと言います。
「最近は誰も座ってくれん。だから、仏様たちが怒って、生きているやつの枕元に立つんだ。あんた、さっき扉に触ろうとしただろう。今夜あたり、あんたの耳元でも名前を呼ばれるかもしれんよ」
老人は不敵な笑みを浮かべると、そのままふらふらと去って行きました。
調査はそこで切り上げることになりました。
中地さんは終始無言で、山を降りる車の中で一度だけ、「あの村の『死』に対する距離感は、我々とは違うんです」と呟きました。
その夜、私は米子市内の自宅に戻りましたが、一晩中一睡もできませんでした。風で窓がガタつく度に、あの老人の「練習」という言葉が頭をよぎります。今にも何者かが玄関のチャイムを鳴らすのではないか、あるいはどこからか「ベチャッ」と何かが這い寄る音が聞こえるのではないかと、冷や汗をかきながら夜明けを待ちました。
結局、私の身に何か異変が起こることはありませんでした。
後日、その物件の取り壊しが決まり、業者が入った際のこと。
私はあの小さな扉の奥を調べるように業者に言伝ました。
その報告によると、扉の向こうには、老人が言ったような横穴など存在せず、ただの家の裏。すぐ目の前が山の斜面になっている、細く狭い、湿った空間だったそうです。
ただ、一つだけ奇妙な報告がありました。
扉のすぐ裏側、家の裏の苔むすような土の上に、びっしりと「人の手形」が並んでいたそうです。それも、屈んで中から外へ出ようと付いたものではなく、指先は全て家の方を向いていたとのことです。
それを聞いて、なんだか急にあの村の風習が、とても不気味なものに思えてきました。
あの村の人が「お迎え」と呼んでいたものって、果たして本当に先祖の迎えだったのでしょうか。
もしかしたら、あの扉は、先祖を呼ぶためのものではなく、山に潜む「何か」を招き、住民の誰かを差し出すための「生贄の入り口」だったのではないか。老人が言っていた「練習」とは、次に誰を連れて行くのかを、あの扉の向こうのモノに選ばせる儀式だったのではないか……。
そんな風に思ってしまうのです。
そう考えると、あの時扉を開けずに済んだ自分を、心から幸運だと思わずにはいられません。
現在あの集落は、完全に無人になったと聞いています。
しかし、私は想像してしまうのです。
あの村の残骸の中で、今も扉の向こう側には、「練習」を待ち続けている何かが、静かに息を潜めているのではないかと…

他にも「鳥取県の怖い話」複数ございます。
→ 鳥取県で体験した怖い話(実話)

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