
体験場所:徳島県T市 友人宅
これは、徳島県T市に住む従姉妹のS子が、中学生時代に体験した話です。
ある日、S子と仲のいい友人A子が週末に自分の家でお泊まり会をしようと提案してきたそうです。というのも、その日はA子の両親が泊まりがけで親戚の家に出かけるらしく、A子は一人で留守番することになったとのこと。
S子はもちろん、他の友人2人も喜んで賛成し、その夜、4人はそれぞれお菓子やジュースなどを用意してA子の家に集まりました。
夕飯には宅配ピザを取り、あとは映画を見たり恋バナしたりと楽しい時間を過ごしたそうです。
夜も更けた頃、S子たちは順番にお風呂に入ることになりました。
当時、S子たちの住む地域はかなりの田舎で、古い家も多く、中でもA子の家はその一帯でも特に古い日本家屋で、少し変わった造りをしていたそうです。
例えば母屋の隣には『離れ』のような小さな建物があり、二つの建物は板張りの廊下で繋がっているような造りだったそうです。
お風呂場は、その離れの方にありました。
つまり入浴するためには、一度母家から出て、板張りの廊下を渡って離れまで行かなければなりません。
それがちょっと面倒だったこともあって、S子たちは誰も率先してはお風呂に入りたがらず、仕方なくジャンケンで順番を決めることになりました。
1番に負けたのはS子でした。
A子に説明された通り離れにあるお風呂場に一人で向かいました。深夜に、一人で真っ暗な渡り廊下をギシギシ歩いているのは、それだけで不気味でした。
離れに着くと、木戸を開けて脱衣所に入り、その奥にある磨りガラスのドアを開けて浴室を覗くと、やはりというか、お風呂もかなり古い造りでした。
(ちょっと嫌だな~、早く済ませてさっさと出よう)
S子はそう思うと、急いで服を脱いで浴室に入りました。
身体を洗っていると、外の渡り廊下を誰かがパタパタと歩いてくる音が聞こえました。
(あれ?誰だろう?)
と思っていると、脱衣所の木戸がガラッと開いたのが分かりました。
すると浴室ドアの磨りガラス越しに、
「こんばんはー」
という声が聞こえてきたのです。
それはA子や他の友人たちの声ではありませんでした。
女の人の声でしたが、中年の大人の声にも小学生の子供の声にも聞こえる、不思議な声だったそうです。
S子はA子の家族が急に帰ってきたのだと思い、
「こんばんは、お邪魔してます」
と慌てて返事をしました。
しかし、外にいる誰かはS子の挨拶には反応せず、シーンと奇妙な間が流れました。
S子が困惑していると、ふいに外の女の人が、
「ふふふふっ」
と笑うのが聞こえました。
その笑い声は楽しそうな音感にも関わらず、感情が希薄というか、人間じゃない何かと思うほど無機質な感じで、S子は本能的にゾッと悪寒が走りました。
磨りガラスの向こうには、背の高い人影がゆらゆらと揺れているのがぼんやりと見えます。
S子が動けずに固まっていると、外の声は「ふふっ」「ふふふっ」「こんばんはー」「ふふっ」とまるで機械のように繰り返し、磨りガラスの前を行ったり来たりし始めました。
ドア一枚挟んだ向こうの得体の知れない存在に恐怖を覚え、S子は息をするのも忘れ、ジッと動けずにいたそうです。
すると、先程とは違う足音がパタパタと聞こえてきたかと思うと、「大丈夫?遅いけど何かあった?」というA子の声が聞こえてきました。
「A子ちゃん……?」と、S子が今にも泣きそうに返事をすると、そのあまりに怯えた声にA子も驚いたのか、浴室のドアを開けて「どうしたの?!」と慌てて顔を覗かせました。
A子は1時間以上経っても戻らないS子が心配になって様子を見に来たのだと言います。
そんなに時間が経っていたことにS子は驚きながらも、今あったことをA子に話しました。
「え?なにそれ?家の人は誰も帰ってないよ?それに家に女の人なんて私かお母さんしかいないよ~」
とA子もかなり気味悪く思ったようで、二人は怯えながら慌てて風呂場を後にしました。
部屋に戻ってからみんなにこの話をすると、他の友人たちも怖がって、その日はもうお風呂に入らずに寝ることになったそうです。
しかし、いざ寝ようとしても、S子は先程のことが思い出されてなかなか寝付けませんでした。ウトウトしては怖い夢を見てハッと起きる、そんなことを何度も繰り返していました。
眠れないまま深夜の2時を過ぎた頃、S子はまた怖い夢を見たそうです。
夢の中でS子はA子の家を上空から眺めていたそうです。
夜なのか、辺りは真っ暗でした。
ふと見ると、お風呂場がある離れのそばを、白い人影がゆらゆらと動いているのに気が付きました。
人影は離れの入り口や窓から中を覗き込むような仕草をすると、ぐるぐると建物の外や中を回っています。
「あれはきっと、さっきお風呂場で聞こえた声の主だ…」
S子はそう直感したそうです。
その白い人影はゆらゆらと揺れながら少しずつ離れから移動を始め、母屋へつながる板張りの廊下にスーッと滑るように入ったかと思うと、そのまま母屋の中へ流れて行きました。
するとS子の視点も切り替わり、今度は母屋の中をゆらゆら移動する白い人影を、少し後方の上から眺める形になったそうです。
白い人影はそのまま母屋の中をゆっくりと進み、やがてS子たちのいる二階へと向かって行きました。ヤバいと思いましたが、夢の中のS子は視点でしか存在せず、どうすることも出来ません。
白い人影はゆっくりゆっくりと、次第に自分たちのいるA子の部屋に近づいて行きます。
(うわ、もう来る、どうしよう、ドアの前まで来る、来る・・・)
──と思った時、突然S子は夢から目が覚めました。
ハッと目を開けて、よかった、夢だった……
と思った次の瞬間、
『ギシッ』
っと、部屋の前の廊下が鳴りました。
ドキッとして、S子はゆっくりとドアの方に目を向けました。
目の前には3人の友人が寝ているのが見えます。
家には他に誰もいないはず。
(気のせいだ…大丈夫…大丈夫…)
S子はそう自分に言い聞かせながら、あまりの緊張でゴクリと喉が鳴った時、ふいにドアの向こうから、
「ふふふっ」
女の笑い声が聞こえました。
次の瞬間、S子は急に金縛りに遭ったように身動き出来なくなりました。
バクバクと鳴る自分の心音だけがやけにうるさく聞こえる中、S子はとにかく必死に息を潜めてジッとしていました。
どのくらい時間が経ったのか、やがて窓の外から鳥の声が聞こえてきました。それで朝が来たことを悟ると、いつの間にか体も動くようになっていて、廊下の気配も無くなっていたそうです。
後から目を覚ました三人に昨晩の体験を話すと、みんな大騒ぎになり、A子に至っては「怖すぎる!引っ越したい!!」と半泣き状態だったと言います。
後日、A子は両親にS子の体験を話したそうですが、「気のせいだろう」と端から信じてもらえず、そんな現象が起きた原因や家の曰くなどについても、そもそも何もないからなのか、特に聞き出せなかったそうです。
その後、A子の家で同じような現象が起こることはなかったそうです。
「その白い人影って一体何だったんだろうね?」
私は話を聞きながら、不思議に思ってS子に聞くと、
「子供たちだけの夜に現れるお化けみたいなやつだったのかな~」
と、S子も自分の昔の体験談を話しながら首をひねっていました。
S子は今でもA子と仲がいいそうです。
ですが、A子の家に遊びに行くことは、それ以来、二度となかったそうです。
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