体験場所:栃木県O市のとある墓所
これは私の父がまだ若い頃、母と結婚するよりも以前に体験した話です。
栃木県O市にある父の実家は、スーパーに行くにも車で20分ほど走らなければならない程の田舎にあります。
ある時、設備会社に勤める父の元に、父の実家の近所に住むAさんから連絡がありました。
「突然井戸水が出なくなった」という内容のものでした。
当時、その辺りの地域では、配水管を引いて井戸水を利用している家もまだ多かったそうです。
何かが詰まったか、いずれにせよ配水管の問題だろうと思った父は、仕事道具一式を用意してAさんの家へ向かいました。
到着して早速配水管を調べてみましたが、特に何か詰まったわけでも水漏れしているわけでもありません。
不思議に思って井戸を調べてみると、水が全くありません。
井戸自体が枯れ上がっていたのです。

これでは確かに家の蛇口から水が出るはずがありません。
ですが、あまりお目にかかったことの無い現象に父は戸惑い、とりあえず他に井戸水を利用している家にも確認してみたのですが、どの家も井戸には全く問題なく水が湧いているとのこと。
同じ地域の井戸水なのに、なぜAさん宅の井戸だけが枯れているのか、父は不思議に思ったそうですが、
「自然の井戸だから、そんなこともあるか。」
と、それ以上の調査はせず、とりあえず新しく井戸を掘るにもお金がかかるし、町の水道も引いているので生活用水には困らないだろうという事で、しばらくはそれで様子を見てみることにしました。
それからしばらくして、再びAさんから連絡がありました。
今度は「庭から水が溢れてきて困ってる」とのこと。

父は会社の同僚を数人連れ、再びAさんの家に駆け付けると、どうやら水道管が破裂して水道の水が庭に漏れ出しているようでした。
その場で新しい管に交換して、その日は問題なく作業は完了したのですが…
それから1ヶ月程すると再びAさんから連絡が。
「また庭から水が溢れ出している」と言うのです。
慌てて再度Aさん宅へ向かうと、また水道管が破裂していたんです。
(新しい管に交換したばかりなのにどうしてまた…そもそも水道管の破裂なんてそうあることではないのに…)
と父は思ったのですが、いくら近所のよしみとは言え、あくまでお客様のAさんを相手に何を言っても言い訳になってしまうので、お金はもらわず、Aさんに確認してもらった上で再び新しい管に交換しました。
するとAさんが「今まではこんな事なかったのに。急に家で雨漏りがしたり、最近ついてないよ」と言うのだそうです。
「水難だね~」
父もその時はそう言って、笑いながら話をしていたんです。
そんなことがあってしばらく経った頃。
父の実家のお墓があるお寺で、檀家さんのお墓を幾つか移動することになりました。
田舎の山の中にあるお寺で、墓所のすぐ後ろは急な斜面です。
崖崩れなどの心配があるため、幾つかのお墓を移動することになったのだそうです。
移動するお墓の中にはAさんの家のお墓もあります。
檀家さんの代表や、お墓の所有者であるAさんたちと一緒に、まだ若かった父も手伝うことになりました。
機械を使って墓石をずらし、中に収められている骨壷などを取り出すという作業を繰り返し行いました。
古い家のお墓なんかは土葬で埋葬されていた頃のものもあり、その遺骨を拾い集めるのが大変だったそうです。
時間をかけて丁寧に作業を進め、とうとうAさんの家のお墓の番になりました。
機械を使って慎重に墓石をずらし、徐々にAさんのお墓の中が見えてきた時です。
一瞬、そこにいた誰もが手を止め息を飲みました。
Aさんのお墓の中には、水がたっぷりと溜まっていたのです。

暫しの間、Aさんを含め誰も声を発すことなく呆然としていました。
ですが、Aさんのお墓からも遺骨を取り出さなければなりません。
作業を中止するわけにもいかず、気を取り直して、まずはお墓から水を抜き、遺骨を取り出しに掛かりました。
Aさんの家のお墓もだいぶ古いもののようで、骨壷ではなく棺が安置されてありました。
水に浸かっていた為か、棺はまったく腐っておらず綺麗な状態のままだったそうです。
慎重にその棺を取り出し、釘を抜き、蓋を開けると、再びそこにいる全員の顔が青ざめました。
中にあったのは骨ではなく、水死体のようにぶよぶよになったご遺体だったそうです。

誰もが驚きで言葉を失い、作業はそこで一時中断となったそうです。
後から調べてみると、どうやらAさんのお墓には、山から流れ込んでくる冷たい水が入り込み、そのご遺体は常に冷水に浸かり続けていた為、腐食することもなく、まるで水死体のような状態をそのまま維持し続けたのだそうです。
後から思えば、Aさんの家の井戸が突然枯れたり、配水管が破裂したり、家が雨漏りしたりなどの水難は全て、ご先祖様が墓の中の惨状を伝えたかったのではないか…「苦しいから出してくれ」、と、そう伝えていたのではないかと父は思ったそうです。
実際に棺から出てきたご遺体を荼毘に付し、改めて墓に納骨し、お経を上げてもらったところ、Aさんの家の井戸からは再び水が湧き出したそうです。
そんな話を父から聞いて、私は何となく行き場の無い孤独感を覚えました。
暗い墓の中、山から流れ込む冷たい水に晒され続け、そのご遺体はどれほど心細かったことでしょう。
そんなことを思うと、妙な寂しさと共に、冷たい手で心臓を、ぎゅっと握られるような気持ちがします。
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