
体験場所:岡山県岡山市の夜道
私は以前、岡山県に住んでいたことがあります。
ようやく見つかった就職先が岡山市だったため、高知県の実家から引っ越して、私は兼ねてから念願だった一人暮らしを岡山の街で始めたのです。
しかし、結局そこに住んでいたのはごく僅かな間だけでした。
その時の体験を話したいと思います。
その日の私はすごく酔っぱらっていました。
夕方から始まった友人同士の飲み会は、仕事でのストレスを愚痴り合っているうち、気付くと時刻は日を跨ぎ、深夜の3時~4時になっていました。
流石に遅くなったので、その場は一旦お開きとなりましたが、私と友人の2人は翌日が休みだったため、私の家に泊まることになり、3人で歩いて帰ったんです。
その帰り道、酔っぱらって何でも楽しくなっていたんですね。
特に理由もなく友人が私のスマホを使って動画を撮り始めたんです。
本当に20~30秒くらいの短い動画だったと思います。
それは通常なら、ただ道を歩いている酔っぱらいを撮影しただけのつまらない動画のはずだったのですが…
家に到着すると、どっと疲れが出たのか、私たちはお風呂にも入らずそのまま眠ってしまいました。
翌日、私が目を覚ましたのは正午過ぎでした。
友人は2人とも既に起きていたのですが、なんだかすごく騒がしくしています。
寝起きの私はまだ動く気になれず、その様子をボーっと眺めていると、2人が私のスマホを見ていることに気が付いたんですね。
勝手にスマホを見られていることに怒りはなかったのですが、私は寝起きアピールついでに冗談半分で「勝手にスマホ見ないでよ」と言ってみたのです。
振り向いた2人に笑顔はありませんでした。
2人とも、ものすごく青ざめた顔をこちらに向け、私はそれがとても不思議でした。
少しの間、またボーっとして、2人の顔を眺めていると、
「ちょっと、これ見て…」
そう言って、友人の一人が私のスマホを私に差し出しました。
見せられたのは、昨晩撮影した動画でした。
キャーキャーと如何にも酔っ払いのうるさい二人を、キャーキャーとうるさい酔っ払いが撮影している短い映像。
みっともない酔っ払いだな、と思っている内に、すぐに映像は終わりました。
私には、これを見せる友人らの意図が分からず、「これがどうしたの?」と不思議に思って聞くと、
「よく見て、豆ちよ(私)の首にさ…」
そう言って、再び映像を再生されました。
(私の、首…?が、何…?)
なんだか分からないまま、今度は私の首に注意しながら、もう一度再生された映像を注意深く見てみました。
すると動画の最初から、私の右側の首から肩にかけて、誰かの手が置かれているのが分かります、
一見、私の左側にいる友人が腕を回して肩を組み、私の右肩に手を置いているのだと思いました。
でもよく見てみると、ちょっとおかしいんです。
その手が伸びてくる先を辿ると、それは友人とは逆方向。
誰もいないはずの私の右側から、にょきっと腕が伸びていたのです。
ゾワッとしましたね。
(…え?これ…誰の、手?)
と思うと同時に背筋を悪寒が走り、思わずスマホを落としそうになりました。
動画の初めから終わりまで、私の右肩に置かれていたその手は、動画が終わる寸前、酔っぱらって笑う私の首をガッと掴むように動いたところで、映像が止まりました。
動画を見終えた私の顔は、おそらく友人らと同じ青ざめたものなっていたと思います。
私は直ぐに洗面所に向かい鏡で自分の首を確認しましたが、絞められたような痕はどこにもありませんでした。
「なんだろうね…これ…」
そう言って、友人は気の毒そうに私を見ます。
私は、もう一度映像を確認する気にもなれず、あまりに気味が悪いので、直ぐにその動画を消去しました。
友人らも同じ気持ちだったのでしょう、2人とも、その日は浮かない表情のまま、夕暮れ前に帰っていきました。
その後、動画のことは気にしないように過ごしていたのですが、一週間くらい経った頃でしょうか。
残業で遅くなって終電を逃してしまった私は、一人で夜道を歩いて家に向かっていました。
タクシーを呼ぼうとも思ったのですが、歩いて帰れなこともない距離ですし、ちょうど金欠だったこともあり、私は歩いて帰宅することにしたんです。
その道のりは、この前友人らと酔っぱらって歩いた時と同じ道です。
薄っすらとあの夜のことを思い出しながら、例の動画の撮影地点に差し掛かった時、私はあの映像を思い出して少し怖くなりました。
足早にその場を通り過ぎようとした時でした。
「ねえ、ちょっと…」
と、突然後ろから誰かに声を掛けられたのです。
思わず振り向くと、そこにいたのは身長160cmくらいの小柄な男性でした。パーカーを着てフードを被っています。
夜道だったこともあり、フードの奥の顔がイマイチ判然としませんでした。
「何してるの?」
男は馴れ馴れしくそう言って、左手を振りながら私に近付いてきました。
ナンパかと思いました。
しかし、男が私に向かって振っている手、その手に私は見覚えがあったんです。
骨ばった細い指の手。
正にあの動画で私の肩に乗っていたのと同じ手だと思いました。
その手を振りながら男は近付いて来たかと思うと、不意にそれを私の右肩に乗せたのです。
信じられない行為ですが、それでもいつもの私だったら警戒はしても取り乱すことはなかったと思います。
ですが私の右肩に置かれたその手は、あの動画に映っていた手と全く同じもの。映像の最後に私の首をガッと乱暴に掴み上げた手なのです。
その手が私の右肩に置かれた瞬間、
「きゃぁぁぁーーー!!!」
と、私は人目も気にせず思いっきり叫びました。
半狂乱で必至に叫ぶ私の姿に、男はすごく慌てていました。
私の口を塞ごうと、男は手で覆ってきましたが、私はその手に思いっきり噛みつきました。
「いっっつ!?くっそ、ふざけんなよクソ女!!」
なおも叫び続ける私に男はそう辛辣な言葉を吐き捨て逃げて行きました。
その後、私の悲鳴を聞いた何人かの人が駆け付けてくれて、一人で震えている私を気遣ってくれました。
結局、あの男の目的が何だったのかは分かりません。
もしかしたら乱暴などするつもりなく、彼はナンパくらいのつもりで声をかけただけの人だったのかもしれません。
ただ、あの気味の悪い動画を見てしまった以上、私はああする他になかったと今でも思っています。
もしもあの時、悲鳴を上げていなければ、私はもっと危険な目に遭っていたかもしれません。
だって、映像で、あの手は私の首を荒っぽく掴み上げ、その行為には殺意すら感じられたから。
そんな体験をして以来、私は人一倍臆病になってしまい、一人暮らしすらも怖くて仕方なくなり、結局仕事もやめて高知の実家に戻ることにしたのです。
でも、あの動画に映っていた手って、本当にあの男のものだったのでしょうか?
だとしたらあの映像は、私に危険が迫っていることを教えてくれるものだったのか…
それとも、何か別の意味があったのか…
直ぐに動画は消してしまいましたし、その真意は知りようもありませんが、今は安全な場所で暮らせていることを思うと、やっぱりあの動画は私にとってありがたいものだったのかもしれません。
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