【怖い話】心霊実話|短編「池の赤」鹿児島県の恐怖怪談

投稿者:かしまし さん(20代/カウンセラー/鹿児島県在住)
投稿場所:鹿児島県S市 山の中の池
【怖い話】心霊実話|短編「池の赤」鹿児島県の恐怖怪談

これは昔、少年だった兄が体験した話。

当時、私たち家族は鹿児島県のK市に住んでいた。

その近所の山中に、有名な池があった。

何故有名だったかというと、いわゆる『出る』と、そういう場所として名が通っていた。

その山の道路は手入れされ舗装もされていたけど、山中に差し掛かる辺りでは携帯の電波が通じなくなるような場所もあった。

決して山全体が圏外になるわけではない。
山中の道路脇にあるその小さな池、その辺り一帯だけがなぜか圏外になってしまう場所だった。

「万が一、事故があっても直ぐに助けが呼べない危ない場所だからな!」

と、大人たちは子供たちに池で遊ばないよう言い聞かせていた。

もしかしたらその過程で、子供たちを怖がらせて近付けないために『出る』などと、大人たちが噂を流したのかもしれない。

用心のため、池の入り口にはフェンスが設置されていた。

それほど子供達を近付けたくない場所のようだった。

しかし、『出る』なんて噂で効果があるのは小学生の低学年くらいで、やんちゃで好奇心旺盛な高学年になると、身体能力が追いつくのもあって、池のフェンスを乗り越えることがむしろ度胸試しとして流行っていた。

加えて、その池にはヌシと呼ばれる大きな魚がいるとの噂も立って、釣り目的でフェンスを越える子供もかなりいた。

その日、当時中学生だった兄も、釣竿と釣り道具を抱えて池に向かったそうだ。

一緒に行くはずだった友人からは急用だとかでキャンセルされた為、兄は一人で自転車を走らせ山へ向かった。

一気に山道を駆け登り、池の入り口にあるフェンスの前まで来て兄は自転車を止めた。

山全体は木漏れ日が差し込んで眩しい程だったが、フェンス越しに見た池はというと、覆い被さった大きな木の枝が水面に影を落とし、日光が遮られ、そこだけが周囲の明るさから浮くほど陰鬱な雰囲気を醸していた。

携帯電話を見ると、やはり電波状況は圏外を示している。
もし事故なんかがあっても助けてもらえない。

そんなことには無関心な兄は、とりあえず来たのはいいが自転車をどうしよかと辺りを見渡した。

フェンスは道路に面した部分にしか立てられていないものの、池の周囲を囲うように木が生い茂っているので、フェンスを越えてしまえば道路側からは見つかりにくい。

しかし、入り口に自転車を置いて行けば、それが見つかってバレてしまう可能性もある。

「やっぱり自転車はどこかに隠すか…」
とハンドルを握り直した時、視界の端に赤い何かが映った。

スカートだ。

目の端に映ったフェンスの向こう、池側の地面の上に、血の気のない素足が見える。

そのくるぶしまでを覆った赤いスカートの端からは、ポタリポタリと水が滴っていた。

「人がいる!?」
と、兄は反射的に視線を上げた。

フェンスの向こうには、赤いワンピースを着た土気色の肌の女が立っていた。

腰まで伸びた長い黒髪。
その隙間から覗く目は充血して血走っている。

服も髪も肌もぐっしょりと濡れ、ついさっき池から這い上がってきたかのようだ。

生臭い水を滴らせた女は、 そのままグイッと左の手足を上げたかと思うと、信じられないほど無駄の多い、カクカクとした動きで兄に近付いて来た。

筋肉か関節か、可動部の雑な動きに違和感を感じる。

ガクッと左の膝が折れたかと思うと右の足がグンと伸び、右足の爪先が地面に付いた瞬間に左の足が伸びて来る。

その女の異様な動きを兄は瞬きも出来ずにただ呆然と見ていた。

次の足が伸びた瞬間だった。
突然、女は地面を踏み切ることも無く無造作に飛び跳ね、兄との間にあるフェンスに両手両足を掛けてへばり付いた。

その血走った眼が睨みつけるように兄を見下ろした。

左右で全く別の形相。
壊れたような女の顔に圧倒された兄は、わなわなと膝から崩れ落ち尻もちをついた。

「正直どうやって帰ったか覚えてないんだ。釣竿折れてたからよっぽどビビって無我夢中だったんだろうな。」

十数年経った今、兄は酒を傾けながら当時の体験を語った。

女から漂う泥臭い池水の匂いと、濡れたワンピースの焦げたような赤色は、今でも鮮明に覚えているらしい。

幼かった私が当時の記憶にあるのは、あの池に行った事をしこたま怒られている兄の姿だけだ。

「もしも、あの女が生きた生身の人間で、誤って池に落ちてしまい、近くにいた俺に助けを求めていたとしたら…」

当時の兄はそう考えて、池から逃げ帰ってきた後、叱られることを覚悟で大人達にそのことを話したそうだ。

だが、結果は兄の杞憂だった。

兄の話を聞いて、大勢の大人が血相変えて池に向かった。

だが、女の遺体はもちろん、その姿も確認できず、フェンスを這った跡もなければ入口もしっかり施錠されたままだった。

「…なぁ」

と兄が私に向き直る。

「あの時のあの女、どっちだったと思う?自分がフェンスの外へ出たかったのか、それとも俺をフェンスの向こうに引き摺り込みたかったのか…どっちだ?」

「…知るか」
とだけ私は答えた。

兄がフェンスを越えなくて良かった、と、きっと当時の大人たちが兄を叱りながら思ったように、私も安堵するだけだ。

「薄情なヤツ」
そう言って笑いながら酒を煽る兄の手は震えていた。

・・・あの池には『出る』。

多分、兄はそれを確信していると思う。

引越して町を出た今では詳しいことは分からないが、山中の池は今もあるらしい。

フェンスは定期的により強固なものに設置し直しているそうだ。

誰も、何人たりとも越える事ができないように。

こちらからも。
向こうからも。

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