体験場所:高知県高知市
私は小さい頃、同じ高知市内の郊外に住むおばあちゃんの家に、よく妹と一緒に遊びに行っていました。
おばあちゃんの家は野山や田んぼに囲まれた正に田舎というのに相応しい場所で、おばあちゃんも田んぼや畑を耕して暮らしていました。
おじいちゃんが亡くなってからも、おばあちゃんは一人で稲作をして、山で果物を育て、畑で野菜を栽培したりと忙しく働いていました。
そんなおばあちゃんが当時よくぼやいていたことがありました。
「毎年みかんが盗まれる」
当時、おばあちゃんは結構高価な品種のみかんを栽培していました。
そのみかんが毎年頻繁に盗まれていたようなのです。
その頃、近所でも農作物が盗まれる事件が多発していたようで、おばあちゃんの家のみかんも同じ犯人による犯行だと思われました。
ですが当の被害者であるおばあちゃんは、それを動物の仕業と思っていたようで、仕方ないことだと言っていましたが、流石に被害が連日ともなると、ほとほと困っているように見えました。
そんなわけで、私は妹と一緒にある日こっそりと、そのみかんの木を見張ってみることにしたのです。
まさか私たちがそんな刑事の真似事のようなことをしているとは、おばあちゃんは露ほども知りませんでした。その日もいつもの様に私たちが庭で遊んでいるものと思い込んだまま、おばあちゃんは畑に出て行きました。
その隙に果樹園に向かった私と妹は、とりあえずみかんの木が見える茂みに身を潜め、犯人が現われるのを今か今かと待っていました。
しかし妹は早々に張り込みに飽きてしまったようで「ねえ、あっちで遊ぼうよ」と私を誘ってきました。そんな妹を「ダメだよ!」と言って私は叱りました。
おばあちゃんの為に、どうしてもみかんを盗む犯人を捕まえたかったのです。
すると運が良いのか悪いのか、それから30分も経たない内に、向こうの方から人影が一つ忍び寄って来るのが見えました。
人影は私たちに気が付く様子もなく一直線にみかんの木に向かって行き、みかんを3つ4つもぎ取ると、それを袋のようなものに入れました。
(みかん泥棒だ・・・)
そう確信した私は何かしなきゃと思ったのですが、どうしたらいいのか分からずまごついていると、先に妹が「あー!!」っと大声を出して茂みから飛び出しました。
それと一緒に私も茂みから出て「泥棒~!!」と声を上げたのです。
その声に人影はビクンッと驚いたように身を竦めると、一瞬こちらを振り返った後、道路の方へ向かって逃げ出しました。
私と妹もそのまま追いかけたのですが、大人と子供の足ではその差は歴然で、結局、私たちが道路に出た時には、その行方を見失ってしまったのです。
ただ、大きな収穫がありました。
妹の顔を見ると、妹も目を見開いてこちらを見ていて、同じことに気付いたことを悟り二人で頷き合いました。
私も妹も、犯人の顔をばっちり目撃していたのです。
しかもその顔は、私も妹も見たことのある人物のものでした。
その人物とは、おばあちゃんの家の近所に住むAおじさんでした。
何度か面識もあったので、私たちはその顔をよく覚えていたのです。
家に帰ると、私たちはその事を嬉々としておばあちゃんに伝えました。
絶対に「よくやった」と喜んで褒めてくれると思っていたのです。
でも、おばあちゃんの反応は思っていたものとは全く違いました。
ギョッとした顔をして驚いた後、「絶対にそのことは誰にも言ったらダメよ」と、おばあちゃんは真剣な顔で強く念を押した後、「でもありがとね」と言って、私たちにお菓子をくれたのです。
私は納得いきませんでした。
妹は何も気にせずもらったお菓子に夢中でしたが、私は犯人を見つけたことをおばあちゃんが喜んでくれるとばかり思っていたので、折角の手柄を褒めてもらえないどころか、秘密にされたことが内心不満でした。
だからこそ、負けん気の強かった私は、もし次にAおじさんに遭遇した時には絶対に今日のことを言ってやろうと思っていたのです。
でも、なぜだかそれっきり、近所に住んでいるはずのAおじさんに会うことはありませんでした。
その真相を知ったのは、それから10数年経って私も大人になってからのことでした。
何かの機会におばあちゃんの家を訪ねた時、私はふと記憶にあった『みかん泥棒』のことをおばあちゃんに話しました。
流石にその頃には私も大人になっていたので、あの時なぜおばあちゃんが私たちを口止めしたのか察しは付いていました。
ご近所さんがみかんを盗んだなんて下手に吹聴したら、外聞が悪いし、ご近所さんと気まずい関係になってしまうのが目に見えていますものね。
大人になった私はそんな風に思い、勝手に一人ごちていたのです。
しかし、その真相は全く違うものでした。
「その話だけどね・・・」
幾分年を取ったおばあちゃんは、そう前置きをしてから話し始めました。
「あなた達が見たって言うAおじさんなんだけどね、あの日の数カ月前、家族に看取られて亡くなっていたのよ…」
「え!?嘘!?」
驚く私を見ながら、少し気まずそうに話すおばあちゃんは、
「だから、多分見間違いね」
と言って、バツが悪そうにフフッと笑いました。
「亡くなった人を引き合いに出して、しかも『泥棒』呼ばわりなんて、冗談でもちょっと、言えないわよねぇ」
そう言っておばあちゃんは、当時詳しく話さなかったことを申し訳なかったと謝りました。
つまりは私たちの見間違い。それがこの件の真相ということのようでしたが、私には全く信じられませんでした。
みかんの木の前で振り返った時のAおじさんの顔は今でもはっきり覚えていますし、妹も見たのですから見間違えとはどうしても思えませんでした。
私が不服そうな顔をしていると、今度はおばあちゃんは怪訝な顔をしてこう続けました。
「でもね、不思議なのよ。あなたたちが犯人を見たと言ったあの日からね、ウチのみかんも、ご近所の畑泥棒も、ピタッと止んだのよね。」
「え・・・・・」
ゾゾッと寒気が走りました。
タイミングが良すぎる。あの日を境にちょうど犯行が止むなんて…
つまり、あれはやっぱりAおじさんだったのだと考える方が辻褄が合います。
私たちに犯行現場を見られたことで後ろめたくなったAおじさんは、それ以来盗むのを辞めたのだと考えると納得なのですが…
ただ、そのAおじさんは既に亡くなっていたわけなので…
その後、記憶を整理するために、妹にも当時のことを聞いてみたのですが、当時まだ小さかった妹は一切その時のことを覚えていないようでした。
だからと言って、やはり私の見間違えだったとも思えません。
その前提での私の想像になるのですが…
当時、毎年のように頻発していた泥棒事件は、きっと生前のAおじさんが犯人だったのだろうという事。
そして、その罪悪感が逆に強い念となり、亡くなってからもAおじさんの犯行は続いてしまったのだろうという事。
私たちに見つかった事で、ようやくAおじさんは自分の過ちを悔いてくれたのかもしれません。
だからそれ以来、泥棒被害がなくなったのだと…
もしそうだとしたら、人のものを盗むことは悪いことですが、でもそれをAおじさんが亡くなってからでも心から悔いてくれたのなら、今は安らかに成仏してくれていることを願うばかりです。
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