体験場所:愛知県名古屋市の某マンション
今から25年前の事です。
当時、私は愛知県の名古屋市内の大学に通う学生でした。
実家から大学に通うのは難しかったので、名古屋市内のワンルームマンションを借りて一人暮らしをしていました。
当時、私は大学1年の時に知り合った彼と付き合っていました。
彼も大学生で一人暮らしをしており、私のアパートからバイクで20分位のところに住んでいました。
彼はバイク好きで、私の部屋に遊びに来る時は、いつもマンションの下で「ブン、ブン、ブン」とアクセルをふかし、来た事を合図するのがお約束でした。
付き合って1年くらいした頃、私は週末に実家に帰ったことがありました。
金曜日の夜、大学の講義を終えた後、電車で実家に帰省しました。
すると、翌日の土曜日の夜のことでした。
私のポケットベルが4、5回連続で鳴ったのです。
当時は携帯電話はまだ普及しておらず、ポケットベルを使っていました。
マンションには固定電話を引いていたので、留守番電話が入るとポケットベルが鳴るように設定していたのです。
私は実家の電話から、マンションの留守電に入った伝言を確認したのですが・・・全て無言電話でした。
その後もポケットベルは頻繁に鳴り続け、その度に留守電を確認するのですが、全て無言電話でした。
そして、何度目の時だったでしょう。
またもポケットベルが鳴り、留守電を確認すると、
「あなたの彼がバイクで事故を起こして、病院に運ばれた」
彼と私の共通の知人からのメッセージでした。
私は驚いて、すぐに電車に乗り名古屋に戻りました。
名古屋に向かう電車内でも、頻繁に留守電が入った事を知らせるポケットベルが鳴り続けるので、私は彼のことが心配で、名古屋駅に到着してすぐに公衆電話から留守電の伝言内容を確認しました。
…数十件の無言電話が入っていました。
ただ、おかしなことに、留守電の内容を確認している最中にも、ポケットベルには留守電が入った事を知らせる音が連続して鳴り続けているのです。
今、私が公衆電話から部屋に電話をかけて留守番電話の伝言を聞いているのですから、他の誰かが私の部屋の固定電話に連絡しても繋がるはずはありません。留守電など残せるはずがないのです。
私はポケットベルが故障したのだと思いました。
けど、最後の留守番電話の伝言には、
「彼が病院で亡くなった…」
と、友人からメッセージが入っていました。
その後、名古屋駅から直接病院に向かったのですが、不思議とポケットベルは鳴り止んでいました。
今思うと、彼が最後に、私に何かを伝えようとしていたのかも知れません。
その後、彼の実家に行き、葬儀に参列しました。
私は葬儀で彼の顔を見ることができませんでした。
棺に納まる彼の顔を見てしまったら、彼が死んだ事を認めなければならず、私にはそれがどうしても出来ませんでした。
葬儀を終えアパートに帰ると、重く深い疲労感と喪失感に襲われ、私はそのまま倒れるようにして眠ってしまいました。
どのくらい眠っていたのか、気付くと、遠くの方から、マンションに向かってバイクが走って来る音が聞こえました。
音は、マンションの下で止まると、続けて「ブン、ブン、ブン」とアクセルをふかしたのです。
私は薄っすらと目を開け、混濁する意識の中、
(そんな事ありえない、寝ぼけているだけだ…)
と、また目を閉じました。
次の瞬間、突然玄関のドアノブをガチャガチャと回す音がしました。
驚いて目を覚めました私は、
(さっきのバイクの音も現実なの?)
(彼が私に会いに来たの?)
私の中には動揺と一緒に、得体の知れない不気味さと、じわりと喜びの感情が湧いていました。
私は玄関まで行き「誰ですか?」とドア越しに声をかけましたが、返事は返ってきません。
不思議と怖さはなく、私は玄関ドアを開けようとノブに手を掛けました。
その瞬間、ずいぶん前に亡くなった祖母の顔が突然頭に浮かび、
『開けてはいけない』
と言われたのか、私がそう思っただけなのか、とにかく玄関ドアを開いてはいけないという事だけは感じ取りました。
翌朝、玄関の外を確認すると、ドアノブにベッタリと血糊が付着していました。
その時、認めたくはありませんが、私は何となく察したのです。
(あの時、もし玄関を開けていたら…。彼は、私に会いに来てくれたのではなく、私を連れに来たのではないか…。それを、祖母が守ってくれたのではないか…。)
そんな思いが頭の中を駆け巡ると、次第に体が震えだし、湧き上がる恐怖に耐えられなかった私は、直ぐに実家に帰りました。
それからしばらくは実家で休養していたのですが、その間もバイクの音を聞くだけで心臓が止まりそうな日々が続きました。
それ以来、不眠症に陥り、体調を崩してしまい、もはやアパートに戻る事もできず、そのまま実家に引っ越しました。
私の実家から大学に通う事は難しいので、別のアパートに引っ越すことも考えましたが、血に染まった彼が私を連れに来るのではないかと思うと怖くなり、大学もそのまま中退してしまいました。
その後、彼が現れることはありません。
ですが、今でもバイクの音を聞くと、体が凍ったように動かなくなることが時々あります。
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