
体験場所:徳島県徳島市の親戚宅
あれはまだ私が小学生の頃だったでしょうか。
夏休みだったか冬休みだったか、学校が長い休みの時でした。その日、祖母が叔父の家に用があるということで、祖母は私を連れて、高知から徳島に住む叔父の家を訪ねたんです。
叔父の家は何の変哲もないこじんまりとした民家でした。新しくもないけど古すぎもしない、小さな庭のある普通の家でした。
祖母と一緒に客間に通され、私にはオレンジジュースを出してくれて、それを飲みながらきょろきょろと辺りを見て落ち着きなくしていました。
祖母と叔父夫婦は机を囲んで話をしていました。
私が落ち着かない原因は、好奇心で叔父の家を探検したくてうずうずしていたのもそうなのですが、それだけが理由ではありませんでした。叔父夫婦の後ろに隠れるようにして座っている、私と同い年くらいの女の子が気になっていたのです。
髪の毛はふわっふわのロングで、ワンピースを着たフランス人形みたいに綺麗な女の子なのですが、俯いたまま全然しゃべらない子でした。
その子のことが気になるのだけど、もともと少し人見知りだった私は、大人たちが誰もその子にしゃべりかけないので話す切欠が見つけられず、しばらくモジモジしていました。
そんな風に私も恥ずかしがって俯いていたからでしょうか、その子の顔はあまり思い出せないのですが、その子が持っている人形だけはしっかり覚えています。
それは、市松人形みたいな小綺麗な日本人形でした。
フランス人形みたいに綺麗な女の子が、日本の市松人形を大事そうに抱えている姿は、子供ながらに少し違和感を感じました。
その後もその女の子と話せないまま、しばらく祖母たちの会話を聞いていましたが、やはりつまらなくなって、私は一人でプラプラと庭に出て、庭の石の上でけんけんぱをして遊んでいました。でも、やっぱり一人は寂しくて、あの子が外に出て来てくれたらな、なんてちょっと期待していたところもあったんです。
私は人見知りでしたから、普段は初めて会った子と直ぐに仲良くなりたいなんて思うことはありませんでした。けれどその時はすごくその子のことが気になっていました。
客間の窓のカーテンは開いていて、庭からも部屋の様子が見えたので、私はチラチラその子のことを見ていたのですが、その子はこちらをチラリとも見てくれず、人形を大事そうに抱えたまま、ずっと同じ場所に座っていました。
結局その子とは一言も話せないまま、1~2時間くらいして祖母に「帰るよ」と言われ、徳島の叔父の家を後にしたんです。
それから数年が経った頃。
徳島の叔父に招かれて、私は再び祖母と母と一緒に叔父の家を訪ねる機会がありました。
その道中、なんとなく懐かしくなって、私はあの日の記憶を母と祖母に話しました。
同い年くらいの女の子がいたのに人見知りして話せなかったこと。一緒に遊びたいと思いながら一人で庭で遊んでいたこと。仲良くなれなくて寂しかったこと。
そんな当時の記憶を懐かしく話していると、そんな私の様子を変な目で見ていた祖母がこう言ったのです。
「子供なんておらなんだ」
あの日、叔父の家を訪ねた時、そこにいたのは祖母と私、それと叔父夫婦の4人だけだったと言うのです。
そんなわけはありません。あんなに綺麗で人目を引く自分の孫のことを忘れてしまうなんて、私は祖母がぼけ始めたのかもしれないと心から心配になりました。
私の記憶に間違いなどあるわけなく、あの女の子が今どんな風になっているのか気になり、ワクワクしたまま叔父の家に到着しました。
以前と同じ客間に通され、お茶を出してもらったところで、私はさっそく先ほどの祖母の記憶違いを笑いながら叔父に話すと、
「それで、あの子はどこにいるんですか?」
と聞きました。
すると叔父と叔母は少し眉を潜ませて、
「あはは、気味悪いこと言わんといて」
と、引き攣った笑顔で言うのです。
叔父夫婦は子供に恵まれなかったらしく、ずっと夫婦2人暮らしなのだそうです。
そんなはずはないと、あの日、髪がふわふわして人形を抱いている女の子がここにいたはずと話しても、叔父夫婦は全然相手にしくれず、むしろ怪訝な目で私を見ています。
てっきり記憶違いは祖母なんだとばっかり思っていたのですが、どうやら私の記憶が違っていたようなのです。
狐につままれたような気持ちのまま、時間だけが過ぎ、気付くと母も祖母もそろそろ帰ろうかと立ち上がっていました。
私もその後に続き叔父の家を出ようとした時でした。
玄関に見覚えのある人形が飾られているのに気が付いて、ギョッとして立ち止まりました。
「あ、あのときの人形…」
それは、あの女の子が大事そうに抱いていた市松人形でした。
「じゃあ…やっぱりあの日見た女の子は…」
そう思った時、その隣に飾られている人形を見て私は唖然としました。
そこには、見覚えのあるフランス人形が飾られていたんです。
フワッフワのロングの髪の毛にワンピース。
それは正に、あの日見た女の子そのものでした。
(なぜ…あの子がここに…?)
放心するように人形を見つめている私を他所に、祖母と母は叔父に別れの挨拶を済ませ、私は二人に手を引かれ叔父の家を出ました。
叔父夫婦はそんな私の様子を、最後まで怪訝そうな目で見ていました。
あの日の私はどんな記憶違いを起こしたのでしょう?
でも叔父夫婦の後ろに隠れるように座っていたあの女の子の記憶は間違いなく私の中にあるのです。
それは玄関にあった二体の人形を見た私が記憶違いを起こしただけだったのか…
それとも、あの日だけ人形が子供の姿を借りて私の前に現われたのか…
今も記憶の整理が出来ずにモヤモヤしたままです。
ただ、一つ思ったことがあるんです。
人形は長く置いておくと魂が宿るなんていいます。
あの日、もし私があの子にしゃべりかけていたら一体どうなっていたのか…そう思うと、少し薄ら寒くも感じます。
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