
体験場所:新潟県〇〇市の山林
これは私の直属の上司が体験した話です。
地元の新潟県に根付く建設コンサルタント会社に入社した私は、砂防部という主に土砂災害に携わる部署に配属されました。新潟県は山が多く、地滑り・土石流・がけ崩れが多い地域ですので、私の仕事も多岐に渡るものでした。
ある時、地滑りの自動観測システムの点検のため、4日間、山の小さな民宿に泊まり込んで仕事をしていました。
その地域は、かつて大雨による土石流が発生し、多くの犠牲者を出した場所でした。
一緒に同行した直属の上司2名は、その土石流災害が発生した時、たまたまこの地域を担当していたらしく、何かの折に、当時の緊急現地調査の様子を私に語り出したのです。
大雨が降り続き、土砂災害への警戒もどんどん高まり、地滑り観測システムの警報が鳴り続いていた夜のこと。
まだ若手だった上司2名は、現地調査に回されたのですが、その夜の内に土石流が発生し、地元で何名かの犠牲者が出たと、報道で公になる前に二人に情報が入ったそうです。
土石流発生から2日経過した夜のこと。
あんなに降っていた雨はピタリと止み、すでに避難指示も解除されていたのですが、まだ安心はできません。上司2人は24時間体制で、3時間おきに地滑り観測システムの点検を行っていました。
夜中に山に入り、観測システムを目指して歩いている時でした。
こんな夜に山を歩くのは自分たち以外いるはずがない。それなのに、どこからか複数人の足音が聞こえた気がしたそうです。嫌な感じがしました。
(まさか、そんなはずない…そんなはずない…)
そう自分たちに言い聞かせ、異様な空気の中、震える足で観測システムを目指しました。
気味悪く思いながらも、何とか点検を終え、拠点に戻ろうと下山を始めた時でした。
来る途中は遠く幻聴のように感じていた足音が再び聞こえ始め、今度は気配を伴ってどんどん近くに迫ってくるそうなのです。
慌てて持っている懐中電灯を全て点灯し、足音のする方を照らすと、思いがけない光景を目の当たりにして2人は驚きました。
こんな真夜中の山道を、見知らぬ家族が歩いているんです。
「危ないですよ!」
声を掛けてその家族に近付き懐中電灯で照らした時、上司はその場で腰を抜かしたそうです。
男性の喉には箸が刺さり、女性の頭部は潰れていました。
「ゆ、幽霊だ…」
上司は思わずそう呟いたと言います。
土石流が発生した時間帯はちょうど夕食時でした。
目の前を歩く家族も食事中に被害に遭われたのか、夫婦とその子供たちが列をなし、一点を見つめて歩いていたそうです。
なぜ幽霊だと分かったのか…
麓ではまだ犠牲者全員が見つかっておらず、捜索が続いていました。
そのため現場に入る上司二人には、行方不明となっている方たちの顔写真が情報資料として提供され、作業時には常に資料を携帯し、もし何かを見つけた場合の連絡先を知らされていたそうです。
その資料に載っている顔写真と、今、目の前を歩いている家族の顔が一致したのです。
家族団らんを楽しんでいた時、突然起きた災害に巻き込まれ、未だ重たい土砂の下で苦しんでいる犠牲者家族。自分たちが再び安らげる場所を求めて山を彷徨っていたのかもしれない。
そう重たい声で話してくれた上司の顔が、私は今も忘れられません。
現在では避難勧告や避難指示の基準が見直されています。それでもなお、熱海で起きた土石流のように、災害はいつどこで起きるのか分かりません。
当時新入社員だった私は、4日間に渡る観測システムの点検の間、こんな話を聞いて、作業にも熱が入り懸命に行ったと同時に、少し肌寒い時間を過ごすことになったのです。
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