体験場所:静岡県H市 海沿いのE団地
これは3年前に引っ越した静岡県H市の団地で体験した話です。
魚釣りが趣味の私は海の近くに住みたいという希望から、E団地という海沿いの団地に引っ越しました。
窓を開けると潮風が心地よく、日当たりも良好な部屋で、しばらくは快適に過ごしていたのですが、住み始めてから3か月ほどが経った頃でした。
その日は仕事のトラブルがあり、帰ってきたのは23時を過ぎていました。
駐車場に車を停め、雨が降る中を駆け足で建物に入りエレベーターに向かいました。
暗い通路の先にエレベーターの光が洩れているのが見え「お、開いてる、ラッキー」と思って掛け込もうとした時です。
私の目の前でエレベーターの扉が閉まってしまったのです。
中には髪の長い白いワンピース姿の女性が乗っているのが、エレベーターの窓から見えました。
その女性が再び扉を開けてくれることはなく、エレベーターはそのまま上に行ってしまいました。
(人が走って来る音が聞こえたはずなのに、少しくらい待ってくれてもいいだろ…)
と、帰りが遅くなっていたこともあり、私は少しイライラしながら再びエレベーターが降りて来るのを待ちました。
少しして、『チーン』と、戻ってきたエレベーターにようやく乗り込み、扉を閉めようとした時でした。
通路の向こうから『カッカッカッ カッ』 と、女性のような足音が聞こえてきたのです。
おそらくその人もエレベーターに乗るだろうと思い、私は扉を開けたまま少し待っていました。
すると、暗い通路の向こうから現われたのは、さっき私の目の前でエレベータで上がっていったはずの女性でした。
見間違いだとは思えません。
白いワンピースも長い黒髪も全く一緒です。
(階段を急いで下りて来て、またエレベーターに乗り込むのか?でもなんで?)
そう考えながらも、あのわずかな時間にそんなこと、女性の足では難儀に思えますし、第一そんな無意味なことをする理由が分かりません。
気味悪く思いながらも仕方なく、私はその女性が乗り込むのを待ってエレベーターの扉を閉じました。
よく見たら、雨のせいなのか、女性は全身ずぶ濡れです。
怖かったのですが、私は恐る恐る「何階ですか?」と声を掛けました。
すると女性は青白い手を伸ばして私の下の階のボタンを押しました。
当然お互い無言のままエレベーターは上がっていきます。
得体の知れない女性、それに密閉された空間が余計に恐怖心を煽り、私はゾクゾクと背筋に寒気が走るのを感じていました。
ようやく私の下の階に到着して扉が開くと、女性はスーッとそのまま降りて行きました。
女性の後ろ姿を見送りながら再び扉が閉まったところで、私はようやく肩の力が抜けました。
「もしかして…幽霊…?」
それがどんなものなのか分かりませんが、もしかしたら今見ていた女性がそうだったのか、などと一瞬思いましたが、私には霊感とやらもありませんし、過去にそんな体験もありません。
「多分仕事で疲れてるんだ。きっと最初に見た女性とは別人だろう。」
と、私は自分に言い聞かせ、部屋に帰るとその日は風呂にも入らず眠りました。
翌日、この日も結局残業で、団地に帰り着いたのは前日と同じく23時頃になってしまいました。
エレベータに向かう最中、昨日の体験が頭の中に甦り、じんわりと額に汗が浮かびます。
しかし、昨日の女性に再び出会うことはなく、一人でエレベーターに乗り込み胸を撫で下ろしました。
「だから昨日のことはただの勘違いだって」
と、変に緊張してしまった自分に苦笑いしながら私は上へと昇っていきました。
自分の住む階に到着してエレベーターの扉が開き、そのまま部屋を目指して廊下を歩いている時でした。
背後に人の気配を感じたんです。
咄嗟に振り返り、私は凍り付きました。
エレベーターの方から昨日の女性がこちらに向かって歩いて来るのです。
今日は雨が降っていないはずなのに、女性はなぜか昨日と同じように全身びしょ濡れで、床には水が滴っています。
「えっ?ええっ?」
と、私は状況が飲み込めず、上擦った声を上げながら後ずさりし、次の瞬間部屋に向かって駆け出していました。
部屋の前まで来て鍵を開けるのにまごついている間も、女性がこちらに近付いて来るのが分かります。
手こずりながらもようやく鍵を開け、女性とまだ少し距離を保ったまま私は部屋に飛び込み、直ぐに鍵を掛け直しました。
「何だったんだ…今のは…」
部屋に入って少しホッとしながらも、今の出来後にどんな解釈も見いだせずにいました。
あまりに気味が悪いので、部屋中の電気を点けて回り、最後の灯りを点けたのと同時でした。
『ピンポーン』
と、インターホンが鳴ったのです。
心臓が壊れそうなほど、一気に動悸が高まるのを感じました。
ゆっくりと、私は息を殺して玄関に向かい、覗き窓から外を窺いました。
外には、やっぱりあの女性が立っていました。
もう私は怖すぎてどうしたらいいのか分からず、気が動転したまま、気付くとスマホを取り出し友人に電話を掛けていました。
でも、電話がつながりません。
『プープープー』とスマホの奥が鳴っているだけで、全く呼び出し音に切り替わらないんです。
「なんでだよ!」と耳からスマホを離し液晶をよく見ると、電波が圏外になっています。
今までこの部屋で圏外になったことなど一度もないのに。
その間もインターホンは何度も鳴り続けています。
あまりに理不尽な状況にパニックのまま私はキッチンに向かい、塩を取って玄関扉に投げつけました。
すると、急にインターホンの音が止みました。
「…え?…塩が…?」
今がどういう状況なのか訳が分からないまま、私は恐る恐るもう一度、覗き窓から外を見ました。
女性の姿は消えていました。
玄関を開けて部屋の前の廊下を見渡しても、女性の姿はありません。
突然現れた女性が、また突然姿を消したのです。
ただ、廊下には水の雫がびっしょりと、一筋の線になり続いていました。
「やっぱり見間違いじゃない…あの変な女は実際にここにいた…」
そう認識すると、とにかくここにいては危険だと思い、玄関に置いてある車のキーを握り締めた時でした。
「寒いよ…」
私の背後、部屋の中から、囁くような女性の声が聞こえたのです。
とっさに振り返ると、部屋の奥にさっきの女性が立っているのが見えました。
もう無我夢中で私は部屋を飛び出し、車に乗り込み、そのまま友人の家に向かったんです。
もう運転中もとにかく怖くて寒くて鳥肌が止まらず、今思えばよく事故らずに友人の家に到着出来たと思います。
とにかく早く人に会いたいと、さっきの女性と同じように友人宅のインターホンを鳴らしまくると、ようやく友人が面倒くさそうに出てきました。
「…何?こんな時間に?」
鬱陶しそうにしている友人に、さっきの体験をしどろもどろ話すのですが、やっぱり全く信じてもらえませんでした。
かといって、あの女が上がり込んだ部屋に戻るなんてもはや無理でした。
私は無理を言って新しい住居が見つかるまでの間、その友人の部屋にお世話になる事にしたのです。
それからしばらくの間、急いで部屋探しをしている頃でした。その友人の伝手で、過去にE団地に住んでいたという方と話をする機会が出来ました。
その方に、私のE団地での体験を話した上で、何か知らないか尋ねました。
ですがその方は、E団地で特に変わった体験をすることは無かったそうです。
「ただね…」
そう言って、その方が少し眉根を寄せて話してくれたのは、私がE団地に引っ越す丁度1年ほど前の出来事でした。
「E団地の前の海にね、若い女性の遺体が上がったんだよ。身投げした女性らしくてね。その遺体が、白いワンピース姿だったらしいんだよ…」
ゾッとしました。
「寒いよ…」
そう囁いたあの白いワンピース姿の女性が、全身ぐっしょりと濡れていた理由が分かったような気がしました。
後日、新しい住居が見つかり引っ越しました。
当然あの女性を見ることは、あれ以来ありません。
ただ、なぜあの女性が私の前に現われたのか…
もしかしたら何か訴えたいことがあったのか…
あの時は恐怖しか感じませんでしたが、あの可哀そうな女性に何かしてあげられることがあったのかもしれないと、今は少し悔んでいます。
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