体験場所:群馬県T市郊外の廃墟
もう10年以上前のこと、地元の友達の間で廃墟探検が流行っていました。
と言うのも、当時、私が住んでいる群馬県T市の郊外では急速に過疎化が進み、それに伴って管理地ではあるものの、誰にもかえりみられることもないような廃墟が急激に増えていたのです。
廃墟といっても動画配信者に注目されるような見栄えのする大病院や公共施設などではなく、ほとんどは朽ち果てて出入りが簡単になってしまった空き家ばかり。
当時の私たちは、そんな廃墟を訪ね歩いては楽しんでいたのです。
そんな廃墟群の中の一軒に、とある噂があったんです。
その空き家のリビングには、今ではもうほとんど見ることがなくなった黒電話が置いてあり、それが今でも時々、突然鳴り出すと言うのです。
幽霊が出るとか、曰く付きの家という噂ではなく、ただ電話が鳴るというだけの話。
ちょうど良い怖さですし、場所も自転車で行けるちょうど良い距離だったので、早速学校帰りに私は友人と3人でその廃墟に向かいました。
住宅地から少し離れた山沿いの場所にその家はありました。
玄関先まで雑草が生い茂ってはいましたが、これまでにも何人も訪問者がいたのでしょう、草を掻き分けた道が続いていて玄関まで簡単に辿り着くことができました。
ドアが外れている玄関を抜けるとすぐにリビングがあり、私たちは部屋の中を見渡しました。
埃まみれの室内で止まった時計や昭和の日付のカレンダー。
そのすぐそばに、おそらく件の黒電話がありました。
狭い平屋で他に興味を惹かれるものもなかったため、直ぐに廃墟探検を終えてしまった私たちは、黒電話のあるリビングに戻り、しばらくその場で待ってみることにしました。
数分後、何も変化はありませんでした。
やっぱりただの噂だったんだ、と、しびれを切らした私たちは帰ろうと玄関に向かった時でした。
突然ベルの音が響き渡りました。
音のする方を見ると、やっぱりあの黒電話でした。
3人ともスッと息を飲み込んだまま、ピタリとその場で固まりました。
静かな夕暮れ時の薄暗い室内に、ベルの音だけが響いていました。
そのまま帰れば良かったのでしょうが、ジリリジリリと鳴り続けるその音に急かされるように、思わず私は受話器を取ってしまいました。
受話器の向こうからは『ザーーー』というノイズと、『ブツッ、ブツッ』という何かが途切れるような音が聞こえるだけで、他には何も聞こえませんでした。
私たちは互いに受話器を回し、代わる代わるその音を聞き続けました。
ノイズと何かの途切れ音、ただそれだけなのですが、いつまでも途切れることなく聞こえ続けることに、だんだんと気味の悪さが募り、「イヤッ!」と誰かが小さく声を上げると同時に、私たちは誰からともなく空き家を飛び出し慌てて自転車に飛び乗りました。
何かが見えたわけでも呻き声や叫び声を聞いたわけでもありません。
ただもう受話器の向こうの音がいつまでも続くことがただただ不気味で、私たちはそれ以上はあの場に居られないと思ったのです。
それからしばらくの間は、なんとなく毎日怯えながら過ごしていたように思います。
携帯が鳴る度にあの電話の相手からでは?とビクビクしました(液晶に相手の名前が表示されても安心できませんでした)。
とは言え、それから3日が経ち、1週間が経過しても私たちの誰にも不思議なことは何も起こりませんでした。
つまり廃墟で電話が鳴ったというだけの話です。
その空き家も取り壊さてしまった今では、あの頃の私たちビビり過ぎだったね、なんてただの笑い話になっています。
でも、あの空き家は当時でも既に20年近く放置されていたはずの廃墟でした。
そんな空き家の電話がなぜ鳴ったのか?
今考えても、それだけは気味悪く思います。
いくら黒電話は電源がいらないといっても、そもそもあの時すでに電話回線が生きていたとは思えません。
それに20年もの間放置されていた空き家に、今さら一体誰が、いや、何が電話をかけてきたのか…
そんなことを思うと、やっぱりあの日の体験は得体の知れない恐怖を帯びて思い出されるのです。
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