体験場所:高知県高知市
ご近所に住んでいたSさんという女性と私とは、もともと折り合いが悪く、関係が上手くいっているとは言えなかったと思います。
二人の間に特に何か大きな事件があったというわけではないけれど、とにかく馬が合わず、向こうも私を気に食わないような素振りでした。
だからこそ、あの日、私の家の庭に現れたSさんに疑問を抱いたのです。
ずっとお互いに関わらないようにしてきたのに、なぜ急に?と思いました。
その日、私は自宅にいました。
体中に原因不明の発疹が現われ、病院に行くために仕事を休んだのです。
午前中に近くの皮膚科で診てもらいましたが、最後まで原因は分かりませんでした。
それがすごく気持ち悪くて、家に帰ってからもイライラが続き、その時の私はすごく病んでいたかと思います。
そんな時ふと庭に目をやると、敷地内に人がいるのが見えて私は飛び上がりました。
泥棒?変質者?自宅には私しかいないはずだったので心底驚いたのです。
でも、よくよく侵入者を見てみると、それは知った人の顔でした。
私とは折り合いの悪い、ご近所のSさんです。
顔見知りならば必ずしも安心というものでもなく、増してやなぜ関係の悪いSさんが私の家の庭にいるのかと、すごく不審に思い、余計に警戒心は強まりました。
とりあえず声を掛けてみようか迷ったけれど、私は自分にできた醜い発疹を見られるのが嫌で、向こうもこっちに気付いていないようだし、少し様子を見てみることにしたのです。
カーテンの影に隠れしばらく様子を窺っていると、突然Sさんが思いもしないことを始めました。
私が丹精込めて育てていた庭の花々を不意に抜き始めたのです。
ボンボンと引っこ抜かれていく庭の植物たちを唖然としながら見ている内に、私の中にじわじわと怒りが湧いてきました。
出ていくかどうか迷いながらカーテンの端をぎゅうぎゅう握りしめていたら、不意にSさんがこちらを振り向きました。
二人の間はカーテンで遮られているはずなのに、なぜか目が合っているのが分かります。
するとSさんがこう言いました。
「あなたのこと、ずっと嫌いだった・・・」
それだけ言い残すと、Sさんはゆっくりと立ち上がって庭から出て行ったのです。
頭に血が上りました。
こんなことをしでかすご近所さんに、私は怒りが込み上げました。
いくら気に食わないからといって、こんな暴挙に出るなんて思わなかったし、酷いと思いました。
発疹だらけの姿を見られたくない以上の怒りが込み上げ、私はすぐに外に向かいました。
そのまま急いで庭に出たところで、私は言葉を失ったのです。
庭には、荒らされた形跡が一切ありませんでした。
まるで先ほどまで見ていたことが夢か幻だったかのように、庭はいつも通りきれいに手入れされたままだったのです。
キツネにつままれたような気持ちで呆然と庭を眺めながら、私の怒りは急速に冷え固まっていきました。
よく考えてみると、壁が厚い我家では、大声でもないのに外の声が聞こえるなんて考えられません。
窓も閉めていたし、庭にいたSさんは決して声を張り上げて喋っているようには見えませんでした。
それなのに、さっきは本当にすぐそこで言われたかのようにSさんの声が聞こえたのです。
なにか胸騒ぎのようなものを感じました。
だから、普段なら近付きもしないSさんの自宅に私は行ってみたのです。
外から覗き込んだSさんの家は、一室だけカーテンが開いていて、そこに誰か倒れているのが見えました。
「Sさん!?」
驚いて、思わずそう声を張り上げてからも、私は何度もSさんを呼び続けました。
そこに偶然通りかかった郵便配達員の人が、気が動転している私に代わって慌てて救急車を呼んでくれました。
救急車が到着後、すぐに救命の方々がSさんの容体を確認しましたが、Sさんは既に亡くなっているようでした。
後に聞いた話ですが、Sさんの遺体は亡くなってから既に数日が経過していたのだそうです。
離婚してから一人暮らしだったSさんは、あそこで倒れたまま、誰にも見つけてもらえずに時間だけが過ぎていったのでしょう。
もしかしたらあの日、うちの庭に現れたSさんは、早く誰かに見付けてもらいたくて彷徨っていたのかもしれません。
嫌いな私にでもいいから、少しでも早く見つけて欲しかったのでしょう。
庭先に現れたSさんは幻ではなかったのだと、私は今も思っています。
ちなみに謎の発疹は、その翌日にはすっかり完治していました。
まるであの日あの時間に私が自宅にいるために発症したかのような、それもそれで奇妙な体験でした。
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