体験場所:大分県大分市の郊外
それは私の母方の祖母が急死して以来、独り暮しをしていた祖父の家で体験した出来事です。
両親と一緒に大分市の郊外に住む祖父の家を訪ねた際の事です。
母が仏壇に祖母の好物だったお饅頭をお供えした時でした。
甘いものが苦手な筈の祖父が、そのお饅頭を仏壇から下ろして食べ始めたのです。
「どうしたの?お父さんが甘いもの食べるなんて、珍しいわね?」
と驚いた母の言葉をよそに、祖父はニコニコして2つ目のお饅頭に手を伸ばしました。
それを平らげると、今度は祖父はおもむろにテレビ台の扉を開け、その奥に隠れるようにしてあった引き出しを引っ張り出しました。
中から出て来たのは、海苔と書かれた古い缶箱のようでした。
それを祖父がカパッと開けると、中には祖父名義の通帳と印鑑の他、生前祖母が大切にしていたルビーリング、それに祖母から母に宛てられた手紙が入っていました。
祖母が亡くなった当時、母が祖母のルビーリングを形見にと、家中探し回ったのですが見つからかったもので、
「あんなに探しても見つからなかったのに…。こんな所に引き出しがあったなんて、お父さんよく見付けたわね」
と、母は驚いた顔でそう言った後、缶箱の中に一緒に入っていた手紙を開いて読み始めました。
そこには、病気で母に迷惑をかけてしまったと、祖母からのお詫びが綴られていました。
涙ぐんで手紙を見つめる母をそっちのけで、今度は祖父は録画したビデオを再生して見始めました。
ビデオに映っていたのは、祖母が好きだった演歌歌手の姿でした。
その歌に合わせて身体を揺らす祖父の姿は、まるで祖母が乗り移ったかのように生前の祖母の姿そっくりでした。
祖父はそもそも演歌には全く興味がないはずで、ジャズが好きだったはず。
その祖父が嬉しそうに演歌を聞いている姿を見て、母は思わず「お母さん…」と声を掛けました。
すると、祖父は母の方を振り返り、
「何?今せっかく◯◯さんの歌を聞いてるのに」
と言ったので、母も父も私も気が動転して固まってしまいました。
他の家族はみな「〇〇」と呼び捨てにするその演歌歌手のことを、祖母だけが「〇〇さん」と呼んでいたから。
私は完全に祖母が祖父に憑依したのだと確信しました。
母は混乱したように涙を流し、父はそのまま固まっています。
私も冷静ではありませんでしたが、頭を整理して祖父に呼び掛けました。
「…おばちゃんなの?…来てくれたの?」
そう言った後、私は後悔しました。
こんなこと言ったら両親から頭がおかしくなったと思われたりしないかと、もう一度両親の方を振り返りましたが、二人から不審がられている様子は全くありませんでした。
すると、母も落ち着きを取り戻したかと思うと、
「お母さん、急に亡くなるから・・・あれからお父さんもショックで寝込んだり・・・私だって・・・」
そう言って、またオイオイ泣き出しました。
「ごめんね。私は幸せだったわ。ありがとう。」
優しく母を見つめそう言うと、唐突に祖父はウトウトと眠ってしまいました。
暫くすると、目を覚ました祖父がこう言いました。
「お前達来てたのか?今、亡くなった母さんの夢を見ていたよ」
いつもの祖父に戻っていました。
祖父にどんな夢だったのか聞いてみると、
「母さんから、テレビ台の引き出しに大事なものが入っているからお前(母)に渡すようにとか、もうすぐ迎えに行くから悔いのないように会いたい人に会っておくようにと言われたよ。全く、縁起でもない。だいたいテレビ台は開き戸で、引き出しなんてないじゃないか。」
そう言って祖父は仏壇の祖母の遺影を見ていました。
母も父も私も、祖父が寝ている間に起きたことは話せませんでした。
そんな事があって、祖父の死期が近いのだろうと悟った母は、それから数日の間、祖父の家に泊まり込んで祖父と過ごしていました。
それから程なくして、祖父は息を引き取りました。
きっと祖母が迎えに来たのだと思います。
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