
体験場所:神奈川県川崎市 某工場
私が勤める神奈川県川崎市の某工場には、いくつか謎の規則があります。
一つ目は、工場構内で昔の作業服を着た人がいたら報告すること。
二つ目は、たまに場所が変わる三角コーンがあるが気にしないこと。
三つ目は、ある機械から人の歌声が聞こえたら報告すること。
四つ目は、工場の建物の屋根の上に存在しない塔の影が見えても無視すること。
つまるところ、社内で噂される怪現象に対する対応規則のようなものなのですが、私は入社以来そのような現象に遭遇することはなかったので、眉唾と思っていました。ですが―――遂に先日、それらの幾つかと思われる状況に直面してしまいました。
夜中に工場内のある建物を見回っていた時のことです。
どこからか謎の歌声が聞こえてきたのです。
歌声の発信源を追ってみると、それは工場内のとある大型機械から聞こえてくるようでした。
その機械は24時間内部でモーターが稼働していて、普段は単調な重低音が聞こえるもでした。
しかしその夜は、いつもの機械音に加えて「わーらーらーああー」という女性の歌声のような音が重なって、建物全体に響いていたのです。まるでオペラのソプラノ歌手のような歌声で、明らかに人の声としか思えませんでした。
夜もとっぷり暮れた時刻、広い建物には私しかおりません。そのような心細い状況下で、目の前の機械から人の歌声が聞こえているんです。私は激しい戦慄を覚えました。
「ついに来たか…」
そう思って携帯を取り出すと、私は規則通り、震える声で先輩に報告を入れました。
すると、すぐに機械担当の人が工具箱を台車に乗せてやってきました。
やれやれといった様子で現れた担当者は「この声は機械の異常振動だ。故障が近いと音の周波数が変わって建物の壁に反響して歌声のように聞こえるんだ」と言い、慣れた手つきで機械を開けて修理を始めました。
修理が終わると歌声は聞こえなくなり、ヴ―っと、いつもの重低音だけが復活しました。
「なんだ、怪現象かと思いまし…」と私が言い切らないうちに「さ、行くぞ」と担当者は言って私を急かします。そのまま担当と一緒に建物を出ていくと、ふと私は後ろを振り返りました。
すると今出てきた建物の屋根の上に、工場の明るいライトすら届かないほどの真っ黒で高い塔が夜空に向かってそびえ立っていました。
「…え?あんな塔ありましたっけ?」と担当に聞こうとすると、またも私が言い切るかどうかのタイミングで「無視しろ」と言って、そのまま足早にその場から立ち去ろうとします。
その後ろをついていきながら、私はもう一回ふり返って、じっくり塔を眺めました。
そのうち、『そういえば今の担当の人が着ている制服って、古いタイプの制服じゃないか?』と気が付き、もういちど前方を歩く担当の方を振り向くと―――いません。つい今さっきまで前を歩いていた担当が消えたんです。えっ?と思って再び塔の方を振り返ると、同時に塔も消えていました。
少しのあいだ茫然として、私はもう一度携帯を取り出すと、再び先輩に報告の電話を入れました。
すると先輩が教えてくれた話によると、かつて塔は実際に建物の上に存在したそうなのですが、その塔で死亡者が出る事故が発生したらしく、その後、塔は解体されたそうなのです。
私の報告もあってか、後日、その建物でお祓いが行われました。
それにしても、あの夜あらわれた機械担当者の方は、塔の事故で亡くなられた方だったのでしょうか?
それで、後輩の私を何かから助けてくれたのか?今も分かりません。
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