体験場所:長野県の古い団地
これは昭和後期生まれの私が、小学生の頃に体験した話です。
当時、私は築30年も経とうかというような長野の古い団地に家族4人で住んでいました。
周囲には、団地の建設時に一緒に植えられたという桜の木とかもあって、美しい四季が感じられるような色とりどりの樹々に囲まれた団地でした。
両親は共働きでしたが、近くに住む祖母を頼ることもなく、小学生の頃の私は家に帰ると自分と弟だけというのが当たり前の毎日でした。
あの日は、暑くも寒くもなく、でも窓の外を桜が舞っていた記憶もないのでおそらく秋頃、お彼岸あたりのちょう良い気候の頃だったと思います。
その日、私が先に家に帰っていて、後から帰ってきた弟は家に着くなりランドセルを放り投げて外に遊びに行ったかと思います。ともかく家には私一人でおりました。
私は居間で一人、テレビを見ていました。
横になって頬に手を当て、その肘を床についてという休日のお父さんに代表されるような姿勢でテレビを見ていたため、しばらくすると腕が痛くなってきました。
ちょうどテレビがCMに入ったので、腕を休ませるために仰向けにごろんと転がりました。
その時、気が付きました。
誰かいる。
仰向けになった体勢で目に入った天井の、照明の脇からはみ出すように、人の顔が見えたのです。
女の人でした。
長い髪をしていました。
不思議なことにその髪は垂れ下がることなく、まるで絵のように天井に貼りついていました。
顔から下は照明の裏側になってハッキリしませんでしたが、はみ出た顔は髪が長く、割と目鼻立ちのはっきりした女性がそこにいて私を見ていました。
もちろん絵などではありません。
築30年の古い団地の天井に、人の顔の絵を飾ろうなどというセンスを私の家族が持ち合わせているはずもありません。
その時一つ知ったのですが、人はあまりに驚くと声も出ません。
ホラー映画などでは不可解なものを見た役者さんが「ギャー!!」っと悲鳴を上げたりしますが、あれは確実に演出です。
実際は何も言えませんし、少なくとも私はそうでした。
そのまましばらくの間、私と天井の女性は見つめ合っていました。
驚いていたのは確かですが、不思議と恐怖を感じませんでした。
頭の中は、この状況に納得できる説明付けをしようと必死で回転していましたが、小学生の私には到底満足いく答えが出せません。
点けっぱなしのテレビからはCMの音が聞こえていましたが、それも終わって番組が再び始まった音が聞こえてきました。
「そうだ!とりあえずテレビを見よう!」
今の事態に対し小学生の私がとれた行動はそれくらいでした。
現実逃避というか、ともかく何事も無かったかのように、私はテレビに向き直りました。
しばらくテレビに集中して、次にそうっと天井を見上げた時には、天井の女性は姿を消していました。
あれは誰だったのか、今でもたまに考えます。
その後、小学校を卒業し、中学、高校と進むにつれ、私には気が付いたことが一つあります。
あのとき見た天井の女性の顔が、今の自分とよく似ていることに。
それに気が付いた時も、不思議と恐怖感はありませんでした。
もしかしたら、あれはご先祖様の誰かで、私を見守ってくれていただけかもしれないと、今はそう思っています。
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