体験場所:広島県広島市
このお話は、私が父方の祖母から聞いた話です。
私は幼い頃、両親が忙しかったので、広島に住む父方の祖母の家に預けられ面倒を見てもらっていました。
広島で生まれ育ったおばあちゃんは、自分自身が育ったその場所のことをよく話してくれたことを今でも覚えています。
例えばその地域では、お正月終わりに玄関飾りなどを集め、それに火をつけてどんと焼きをしたとか、ハロウィンのように子供がみんなで歌を歌いながら各家を回りお菓子をもらっていたとか、その土地の昔の風習のような話をよく聞かせてもらいました。
ある時、そんなおばあちゃんから怖い話を聞かされたことがありました。
その日、おばあちゃんの家でいつものように過ごしていると、けたたましい音を響かせた消防車が家の前を走り抜けていきました。
気になっておばあちゃんと一緒に外に出てみると、遠くで大きな火が空に向かって伸びているのが見えます。
「あ~火事だ~」
と驚いていると、近所の人達もワラワラと大勢外に出てきて、
「風が強いから、大火事にならんといいが…」
と、皆口々にそう話して心配していました。
そんなご近所の集団の中で、ある女性の姿が目に入りました。
たまに見かけるその人は、いつも首元が隠れるような服を着ていましたが、その服の端からチラチラと見え隠れする大きな痣が印象的な女性でした。
しばらくの間、そうして近所の人たちと火事の行方を見守っておりましたが、どうやら大事には至らず火事も随分と収まってきたようなので、徐々にみんな家に帰っていきました。
私たちも家に戻ると、おばあちゃんからこう声を掛けられたんです。
「あの首に痣のある女の人、知ってるだろ?」
私は「知ってる」と答えました。
外では話しずらかったのでしょう。
おばあちゃんの話し声は家の中でも小声です。
それからおばあちゃんが話し始めたのは、あの痣のある女性のお母さん、Aさんに関する話でした。
「Aさんはもう亡くなってるんだけどね…」
と前置きした上で、おばあちゃんは話し始めたんです。
それによると、Aさんがまだ若い頃、今日と同じようにこの近くで火事があったそうなのです。
おばあちゃんはその火事を見に家を出ると、既に大勢の野次馬が集まっていたらしく、その中には妊娠中のAさんの姿もあったそうです。
Aさんは首に手を当てながら、呆然と火事の様子を見上げていたそうです。
すると野次馬の中から近所では見たことのない白髪のおじいさんが現われ、首に手を当て呆然とするAさんにこう告げたそうです。
「お腹の子にさわるから、火事見物なんかしてはいけないよ。お前の手が触れた場所に、痣のある子が生まれることになる。」
呆然としていたAさんは、火事場の喧騒の中でもなぜか良く通るおじいさんの話を聞いて、ハッと首元に当てていた手を放しました。
その様子を見ていた私のおばあちゃんは、(変なじいさんだな…)と思いながら、それだけ言い残し去っていくおじいさんの背中を見送ったのだそうです。
火事からひと月ほどして、Aさんは出産しました。
「その生まれてきた赤ん坊が、あの娘なんだよ」
そう言いながら少しニヤリと笑ったおばあちゃんの顔を見て、私は服の端から大きな痣がちらりと見えたあの女性のことを思い浮かべ、少し背筋が冷やりとするのを感じました。
今考えると、恐らく『妊婦は危険な場所に近付いてはいけないよ』という、戒めが込められた話だったのかもしれませんが、既におばあちゃんは他界しており、今となってはその真意は分からないままです。
ですが、おばあちゃんがそう話してくれた時、私はただただ謎の予言おじいさんを怖いと感じていたことを、今でも懐かしく思い出します。
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