
体験場所:宮崎県M市の某山
あれは私がまだ大学生の頃の事です。
休日だったその日、友人のAに誘われて、宮崎県M市のとある山に登山に行くことになりました。私は登山にはあまり興味がなかったのですが、Aがどうしてもと言うので渋々付き合うことになったのです。
その山は登山と言うよりはハイキングといった方がしっくりくるような低い山。登山経験のない私にはピッタリだと思い、軽い運動のつもりで登り始めたのですが、あっという間にゼェゼェと息が切れました。
「ちょっと休もうよ~」
と言って立ち止まると、Aは呆れ顔でこう言い放ちました。
「まだ登り始めたばかりだよ。普段運動しなすぎ!」
そのままAはずんずん先に行ってしまいました。
私は一人立ち止まって休んでいたのですが、ふとそこに横道があることに気が付きました。
なんとなく気になって入ってみると、その先には放置された畑らしきものがありました。
辺りを見回すと、草は伸び放題でやはり荒れ果ててはいるのですが、そこに蜜柑のような果実がなっている木を発見したのです。
(もう今は使われていない畑だし、別にいいだろう)
あの時の私はそう考えたのだと思います。
別に深く考えることもなく、なんとなしに蜜柑をもぎ取り、引き返して再びAに合流しました。
Aに蜜柑を見せると「盗んだことになるかもよー?」とからかわれました。
息を切らしながらもAの後をなんとか付いて歩いていると、今度もまた横道があって、その先に、古びた鳥居とその奥に続く階段が見えました。
「神社があるよ、ちょっと上に行ってみよう」
と、Aも気になったようでスタスタと鳥居をくぐると階段を登り始めました。
階段まで登るのかと私はげんなりしましたが、(もしかしたら神社で少し休めるかも…)と淡い期待を抱き、ゼェゼェいいながらAに付いて行きました。
石段を登りきると、そこには小さな古い神社と、傍らに祠が一つ。祠の中には地蔵が祀られていました。
ひっそりと薄暗い場所で、じめじめと冷たい空気が漂っていて、なんだか少し気味の悪い印象を抱きます。
おそらく誰も来ないような神社なのだろうと思ったのですが、祠には真新しいお菓子と缶詰がお供えしてありました。
「誰かがお供えしてるみたいだね。私たちもお供えしようか?」
私はそう言って、先程もいできた蜜柑を取り出しました。
「やめた方がいいような…」
と、Aはなんとも微妙な顔をしていましたが、私は構わず蜜柑を祠に置いた、その時です。
『パーーーーーン!』
と鋭い大きな音が森に鳴り響きました。
突然の物音にびびりまくる私たちでしたが、辺りを見回しても誰もいません。
水を打ったような静けさが広がっています。ただその静寂とは反対に、空気がどんよりと重たくなったような嫌な雰囲気が漂い、私は妙な感覚を覚えてゾッとしました。
(ジッと誰かが見ている…誰もいないのに…)
「やっぱりやばかったんじゃない?早く降りようよ」
そう言ってAは青い顔して急いで階段を下りて行きます。
私もすぐにその後に続いて階段を駆け下りたのですが……でも、おかしいんです。
下りならすぐだろうと思っていた階段ですが、妙に長く感じるんです。
「こんなに長かったけ?」
と下を走るAに声を掛けると、突然Aはぴたりと止まりました。
「なんか…音がする…」
そう言ってAが後ろを振り向いたので、私もそれにならいました。
薄暗い階段の上には誰の姿もありません。
けれど――確かに聞こえるんです。
パキ…パキ…と、落ち葉を踏みしめる音。
音はだんだん近付いてきて、明らかに上から何かが降りてきているようなのです。
もう私たちは言葉もなく、一目散に階段を掛け下りました。
(追いつかれてはいけない…)
ただその一心で全力で階段を駆け下りました。
すると異様に長く感じていた階段がようやく終わり、鳥居のあった場所まで戻って来たところでAがようやく立ち止まりました。
上から降りてきた何かの気配はなくなっています。
私たちはその場に立ち尽くし、荒い息を吐きながら互いを見ました。
「ほら、やっぱり盗んだことになったんじゃない。怒られたんだよ!」
Aがそう言ってこちらを睨みました。
あれは確かに放棄された畑だったと私も抗議しようとしましたが、その時、足元に転がっていたものを見て、その言葉を飲み込みました。
私の足元には、蜜柑が転がっていました。
初めからそこに落ちていた蜜柑なのか、それとも先ほど祠にお供えした蜜柑なのか、そのどちらなのかは分かりません。分かりませんが、とてもそれを手に取る気にはなれませんでした。
その後、帰りにあの蜜柑がなっていた放置畑を二人で探したのですが、どうしても見付けることが出来ませんでした。
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