体験場所:大阪府K市の墓地
「夜にお墓参りをしてはいけないよ」
理由は分かりませんでしたが、よく大好きだった祖母から言われていた言葉です。
その祖母も10数年前に他界してしまいました。
祖母のお墓は大阪府K市の実家から自転車で15分程の距離にあり、実家で暮らしていた頃、私は月に1回ほどのペースで祖母のお墓参りに行っていました。
私が高校生の頃に父と離婚した母は、毎日朝早くから働きに出ており、お墓参りどころではありませんでした。
1つ下の弟は、どういう訳か祖母とは反りが合わず、やはりお墓参りにも行きたがりませんでした。
結局、祖母のお墓を訪れるのは家族の中で私一人でした。
やがて、そんな私も30代になり結婚すると、地元大阪を離れて広島で暮らし始め、そこで仕事にも就きました。
広島で暮らし始めてしばらくは祖母のお墓は誰が見ているのかと心配していましたが、実家から離れ忙しい毎日を送るうちに、私は次第にそんな心配事も忘れていってしまいました。
一年ほどが経ち、広島での生活にもようやく慣れてきた頃でした。
「そういえば、実家に顔を出さなくていいの?」
夫にそう言われたことが切欠で祖母のお墓のことを思い出し、その年の年末、お墓参りも兼ねて私は約1年ぶりに帰省することにしたのです。
広島から大阪までは新幹線で約1時間ちょっと、そう大した距離でもないため私は昼過ぎには実家に到着していました。
ですが、間の悪い事に母は夕方までパート。一人で実家にいても特にやることもないので、私は早速祖母のお墓へと足を運ぶことにしました。
自転車を走らせて間もなく、墓地にはすぐ着いたのですが、それからしばらく私は焦っていました。
祖母のお墓の場所が分からなかったのです。
以前は毎月のように足を運んでいた祖母のお墓を、なぜか見つけられないことに困惑しました。
「この辺りのはずなんだけど…」
そう呟きながら、記憶の中で祖母のお墓があるはずの場所を私はしばらくウロウロしていました。
そうして数十分が過ぎた頃、ようやく私は気が付いたのです。
やっぱりそこに祖母のお墓があることに。
墓の場所を私が記憶違いしていたわけでもなく、もちろん祖母のお墓がなくなったわけでもありませんでした。
ただ、祖母のお墓は、背の高い草に取り囲まれ見えなくなっていたのです。
そのことを理解した瞬間、私はヒヤリとしたものを感じました。恐らく1年の間、訪れる者は誰もなく、手入れも全くされていなかったのだと悟りました。
私は申し訳なさと寂しさに胸が締め付けられ、しばらく呆然と荒れた墓らしきものを眺めていました。
ハッと我に返り時計を確認すると、時刻はまだ14時前。
私は直ぐに近くのホームセンターへと自転車を走らせ、軍手と小さめの草刈り鎌を購入してお墓に戻りました。
早速草むしりを開始し、墓地の共有バケツに刈った草をどんどん詰め込んでいきました。
ようやく祖母のお墓が見えてきた頃、時刻は既に16時を回っていました。
ですが、草刈りに夢中だった私は全くそんなことは気にしていませんでした。
真冬の夕方、一気に辺りが暗くなる頃でした。
ふと耳を澄ますと、少し遠くの方から『ザーッ』『ザザーッ』という大きな塊が移動するような音が聞えてきました。
近くの道路を車が走っているのだろうと思いました。
でも、そんなはずは無いと直ぐに思い直しました。
そもそも墓地の周辺には車が走るような広い道路はありません。それに墓地に続く道に至っては、私が自転車を漕いできた狭く細い道しかないのです。
『ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…』
さっきまで塊が移動するように聞こえていた音は、いつの間にか間隔がバラバラになっていて、それが墓地に敷き詰められた砂利道を歩く人の足音だと気付きました。
それも明らかに1人の足音ではなく…10人か、それ以上はいます。
気が付くと辺りは真っ暗でした。
こんな時間に集団で墓参りに来るとは思えません。
雑踏は徐々にこちらに近付いて来るように感じられ、私は音に背を向けるようにして固まっていました。その間も明らかに雑踏はこちらに向かってきており、それがすぐそこまで来たと思った瞬間、
『ザッ、ザ』
私のすぐ後ろで一斉に立ち止まったのが分かりました。
呼吸も出来ず、私はただそこで小さく丸まって震えていました。
すると、
「◎$×△¥○&?#$!」
よく聞き取れませんが、ブツブツと何か言っている低い老人のような声がたくさん聞こえてきました。
恐怖のあまり振り返ることも視線を上げることも出来ず、私はただ地面だけを見つめていました。
すると突然、後ろから両肩を凄い力で掴まれました。
「何やってるの!早く帰るわよ!!!」
その声で咄嗟に振り返ると、そこには鬼のような形相をした母がいました。
その顔を見て気が緩んだのか、腰が抜けて立ち上がれなくなってしまった私は、母に言われるがまま引き摺られるように家まで連れて帰られました。
「16時を過ぎたら、お墓参りに行ったら駄目だって…おばあちゃんから何回も聞いたでしょ!?」
実家に帰り着くと、母にそう叱られました。
日没後にお墓参りをしていると何かよくないものに連れていかれると、母も祖母から聞かされていたようでした。ただ、私の中では『暗くなったら』という認識でしたが、母は『16時を過ぎたら』と言っていました。
母が言うには、パートが終わり家に帰ると帰省したはずの私がいないことを知り、突然祖母のことを思い出したのだそうです。それで何となく私がお墓にいるような気がして来てみると、祖母の墓の前で下を向いて座り込んでいる私がいたのだと。
その様子があまりに異常だったので、慌てて声を掛けたのだということでした。
また、母には私が聞いた足音も聞こえなかったし、どこにもそれらしい人影は見なかったそうです。それに、辺りは私が言うほど真っ暗ではなく、まだ多少日が残るくらいの薄暗さだったと…
私が祖母の墓前で体験した出来事は一体なんだったのでしょうか?
勘違いとか白昼夢といったものとは絶対に違う、現実感があったのは確かだと思うのですが…
それからというもの『16時以降のお墓』には、私は絶対に近付かないようにしています。
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