体験場所:高知県K市 職場・自宅
この体験をしたのは、高知県K市で、私が初めて社会人として働きだした頃でした。
私が初めての就職先に選んだ仕事は、医療事務のインストラクターでした。
病院やクリニックの事務の方に、専用パソコンや点数の算定法等を分かりやすく教えるのが主な業務です。
『人に教える』という事に憧れて選んだ仕事で、一生懸命働こうと気合いを入れて勤め始めました。
ですが実際に働き始めると、右も左も分からないまま現場に放り出され、どうしていいのか分からないまま失敗を繰り返し、早々に落ち込む日々を過ごしていました。
まさかこんなに自分の能力に見合わない仕事だとは思っていなかったんです。
毎日泣きそうになりながら働いていましたね。
失敗するたびに怒られて、機嫌を取り損ねた先輩からは嫌がらせを受けることもありました。
あんなに希望に満ちて始めた仕事だったのに、それが辛い日々の始まりになってしまい、あの頃の私は心が死にかけていたと思います。
そんな風に心が疲弊しきっていたある日の夜、知らない番号から電話が掛かってきたのです。
私は自分の電話帳に登録されてない見覚えのない番号でも、とりあえずは電話に出るようにしていました。
知り合いじゃないとも言い切れませんし、何より仕事関係の電話だったら無視するのはまずいですから。
ただ、その日は電話に出るのを躊躇しました。
嫌な予感がするとか漠然とした理由ではなく、単純に仕事で疲れ切っていたからです。
その頃の私は、おそらく欝の傾向にあったと思います。
とにかく誰かとコミュニケーションをとることを億劫に感じていました。
そんなこともあって、私はその日、知らない番号からの電話を無視してしまったんです。
翌日の朝、起きて何気なくスマホを覗くと、不在通知がありました。
開いてみると、どうやら昨日無視した番号から、その後も何度も電話が掛かってきていたようなのです。
「あ、ヤバい」と思いましたね。
仕事関係の電話だったのだろうと焦り、私は直ぐに折り返し電話を掛けました。
でも、何度掛け直しても、何度呼び出し音を鳴らそうとも、相手が出てくれないのです。
その日も仕事でしたので、とりあえず朝の支度を始めながらも、その合間にも何度か掛けてみましたが一向に繋がりません。
昨日電話に出なかったことを悔みながら、私は諦めて家を出ました。
(一体誰からの電話だったんだろう…怖い先輩からだったら嫌だなぁ…)
そんなことを考えながらドキドキして職場に向かったんです。
しかし、職場に着いても誰からも昨日の電話について問われることはなく、また、折り返しの電話も掛かってきません。
一体あれは誰からの電話だったのか不安に思い、私は職場の同僚Fに話を聞いてもらったんです。
「勧誘とか何か変な電話なんじゃないの~?」
気にしなくていいよ、とFが言ってくれたので、私も少しホッとしました。
その日も仕事でクタクタに疲れ、早めに就寝しました。
その翌朝でした。
スマホを見て私は再び凍り付きました。
昨日と同じ番号から、再び何度も電話が掛かっていたのです。
おそらく丁度私が寝入った頃の時間から、2回とか3回ではなく、14,5回くらいの大量の着信が入っていたのです。
ゾッとしました。
よっぽどの急用なのか、私はその連絡をまた取り損ねてしまった自分自信が嫌になりました。
それにしてもこんな着信量は初めてのことです。
なんだか怖い気持ちもありましたが、私はとにかく直ぐに掛け直してみたんです。
『プルルルルルル、プルルルルルル、プルルルルルル…』
と、電話の奥で呼び出し音が聞こえる中、一体誰が出るのだろうかと私は不安で仕方ありませんでした。
ですが、相手が出ることはありませんでした。
相手からは頻繁に不在着信が入るのに、こちらから掛け直しても誰も出ない。
その奇妙な電話を気味悪くも感じた私は、その日も同僚のFに相談していました。
「え?またそんなに掛かってきたの?」
と驚く同僚に、その奇妙な電話の番号を見せていた時でした。
私よりも3年ほど早く入社した先輩のSさんが通りがかり、
「あれ~?」
と言って、私たちの会話に入ってきたんです。
何でも、その電話番号に見覚えがあるらしく、
「誰だっけな~?」
と、一生懸命に思い出そうとしてくれます。
ですが、その日は結局思い出すことが出来ず、Sさんもモヤッとした様子で持ち場に戻っていきました。
その日の夜。
私はどうしても電話のことが気になり眠れずにいました、
すると、夜中の12時を回った頃でした。
『プルルルルルル…』
と私のスマホが鳴ったんです。
ドキッとして着信を見ると、やっぱり連日の知らない番号からの電話でした。
私はごくりと生唾を飲み、恐る恐る電話を取りました。
「もしもし。どなたでしょうか?」
そう言って電話に出たのですが、相手からの返事はありません。
「もしもし?もしもし?どちら様ですか?」
もう一度、相手を確認しようとしましたが、やっぱり返事がないんです。
そのまま、お互いにしばらく無言のまま、なんとも言えない緊張感の漂う時間が流れました。
どのくらいの時間そうしていたでしょう、30秒か1分、あるいはもっと長く私には感じられました。
すると突然、『プツッ』と通話が切れたんです。
ゾッとしました。
連日あんなにしつこく電話をよこしていたのは何か重要な要件があるからなのでは?あるいは番号違いをしていたとしたら、あんな無言の通話時間は必要ありません。「ごめんなさい。間違えました。」と言って、電話を切ればいいだけのことです。
結局、一体何のための誰からの電話だったのか、不安は解消されることもないまま私は電話を置きました。
翌日。
昨夜の出来事を相談したくて、職場でFを探していると、その前にSさんに呼び止められました。
「あ、おはようございます。」
そう言って私が挨拶すると、
「うん。ちょっと、おいで。」
と、Sさんは少し怪訝な顔して私のことを呼びました。
何だろうと歩み寄ると、Sさんはこんな話を始めたんです。
「昨日の電話のことなんだけどさ、あれ、誰の電話番号か思い出したんだけどね…」
そう言って、少し言い淀んでいるSさんに、
「え?誰なんですか?」
と言って話を促すと、
「あの番号、智子ちゃんの携帯番号なんだ…」
智子さんとは、私が勤め始める以前に、ここで働いていた職員のことです。
「それでね、あの、少し言いにくいんだけどね…」
そう前置きしてから、Sさんはこう言いました。
「智子ちゃんってね、実は、ここを辞めたというか…自殺しちゃってね。それで、多分もう、電話も解約されていると思うのね…」
私とは目を合わせないように、少し青ざめた表情でそう話すSさん。
その取り繕うような乾いた笑顔が、今も忘れられません。
その日の夜、私はスマホの電源をオフにして眠りました。
もう一度あの番号から電話が掛かってきたら、正気を保っていられるか分からなかったから。
その翌日、私は直ぐに携帯ショップに行きました。
何年縛りとかでまだ買い替えのタイミングではなかったのですが、私はスマホを別の機種に変え、電話番号も新しいものに変えました。
それからしばらくして、私は仕事も変え、心機一転新たな道に進むことになりました。
結局、あの電話が何だったのか、今も謎のままです。
前にあの職場にいた智子さんという人が、本当に自殺されたのか、あの番号は本当に智子さんの携帯番号だったのか、私は怖くて調べることが出来ませんでした。
ただ、もし智子さんの自殺の原因があの仕事にあったとしたら、もしかしたら同じように苦しんでいた私に、何か警告を発してくれたのかも、と、今になって思います。
というか、そう思いたいのかもしれません…。
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