体験場所:沖縄県T市の友人宅
もう20年近く前になる話ですが忘れられない体験があります。
当時、沖縄に移住して一人暮らしをしていた友人のAちゃんに誘われ、大学の夏休みをそこで居候生活して過ごしたことがありました。
Aちゃんの住むアパートは那覇からは少し離れていましたが、沖縄らしさが残る静かな場所に建つ新築で、部屋も広く、とても快適に過ごさせてもらっていました。
Aちゃんは一足先に就職していたので、私は帰りを待ちながら洗濯や掃除、ごはんを作ったりして待つような、そんなのんびりとした日々を送っていました。
Aちゃんが大切に飼っていたうさぎのクロちゃんのお世話も、居候の私の大切な仕事の一つでした。
うさぎはあまり芸をしたり人に懐いたりしないと思っていたのですが、クロちゃんは人懐っこく温厚でかわいくて、直ぐに私も愛着を持つようになりました。
Aちゃんの帰宅後、クロちゃんにお部屋をお散歩させて、二人でのんびりお酒を飲むのも楽しみの一つでした。
その日はAちゃんの仕事も休みで街まで遊びに出掛けました。
電車がない沖縄では殆どの場合が車を使うため『終電で帰る』という習慣もなく、深夜まで遊ぶことが多々ありました。
その時も深夜まで街で遊んだ後、Aちゃんの運転でアパートに帰っていました。
「今日は星がきれいに見えそう!」
「ちょっと外に出てみる?!」
都会育ちの私たちにとっては星が見える夜も一大イベントです。
県道の路肩に車を停めて星を見ることにしました。
アパートに程近いその辺りは車通りも少なく、時折すれ違う車がある程度です。もちろんバスも終わっている時間帯なので歩いている人も見当たりません。街灯も少なく星を見るには最高のロケーションでした。
路肩に車を停め、私は助手席から街路樹を跨ぐように歩道に踏み入れた時でした。
(え?これ、やばい…)
足裏の半分が街路樹が植わった土を踏みしめてしまった時、とんでもない違和感を感じたんです。
草に触れた感触とか濡れた土の質感とかそういった感覚ではなく、踏み入れてはいけない場所に足を踏み入れてしまった恐怖感のようなものが全身に走ったのです。
運転席を出て車道側から歩道へ回り込んできたAちゃんも同じように何か感じたらしく、星を見上げるはずだった顔は不安気にこちらを向いています。
「なんか…感じるね。」
「うん。良くない感じがする。」
私たちは直ぐに車に戻って、その場を離れました。
そこからは、いつもの帰り道が全く別の道のように感じられ、さっきまで窓から吹き込んでいた心地よい風もなんだか寒々しく感じ、私は直ぐに窓を閉めました。
さっきの恐怖感をどう言葉にしていいのか分からず、Aちゃんも私も黙って家まで車を走らせました。
“受け入れられていない”
それが言葉ではなく、直接体を通して伝わって来るようでした。
やっとの思いで帰宅し部屋の明かりを点けると、ようやく少しだけ気持ちがほぐれるような気がしました。
「クロちゃ~ん~~なんか怖かったよ~!」
「なんかやばい感じがしたよね?!」
うさぎのクロちゃんに話しかけながら、部屋をお散歩をさせようといつも通りクロちゃんをゲージから出しました。
すると、いつもならトコトコピョンピョンと好きに部屋を歩き回るクロちゃんが、今まで見たこともないような動きをしているのです。
まるで長い耳を何かにつままれているみたいに、嫌がるように身をよじらせてピョコピョコと不自由なジャンプを繰り返すのです。
それが異常な姿であることは付き合いの短い私でも分かりました。
「クロ!どうした?!」
Aちゃんもパニックでした。
言葉にはしないまでも、自分たちが「なにか」を連れて帰ってしまったという確信がありました。
するとAちゃんは思い出したように携帯で誰かに電話しました。そしてこれまでに起きたことや感じたことを話し、何か納得したように電話を切りました。
電話の相手は沖縄の職場の方のようでした。
今日足を踏み入れた場所には夜は近付かない方がいい、家には盛り塩をして、自分たちも塩を舐めて清めなさい。
そう言われたそうです。
私たちはクロちゃんをケージに戻した後、直ぐに言われた通り部屋に盛り塩をして、塩を舐めました。
その日はシャワーを浴びるのも怖くて、私たちは部屋と浴室で大声で会話しながら交互に入りました。
そして迎えた翌朝。
いつも通りの穏やかな朝でした。
ゲージからクロちゃんを出すと、いつも通り自由に部屋の中を歩き回っていました。
沖縄は色んなことがあった地です。
私には到底分からない不思議なことも沢山あるのだろうと感じると同時に、地元の方が言うことは守ろうと思う体験でした。
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