体験場所:大分県T市
今から十年程前の話。
当時、小学生だった私は心霊やオカルト話がとても好きな子供で、テレビの心霊番組は欠かさずに録画し、図書館に行けば怪談物や都市伝説系の本を読み漁っていました。
そんな私でしたので、当時は家族が、特に祖父母が職場や友人から怪談などを仕入れては私に聞かせてくれていました。
量は少ないけれども、私の知的好奇心を満たしてくれる祖父母にはいつも感謝していました。
ある日、私は祖母に、祖母自身が恐怖体験をしたことはないのか尋ねました。
その時は「何もないねぇ」と言っていたのですが、後日、祖父母宅に夕飯を食べに行った際に、祖母はつい最近あった不思議な体験を話してくれたのです。
祖母が大分県のある山に行った時の事でした。
その地域では山から湧き出る天然水が有名で、当時の私でも聞いた事があるくらいでした。
お金を払えば水源から直接水が汲めるというので、祖母はその山へと足を運んだそうなのです。
何本かのペットボトルに天然水を入れ、車に積み終えた祖母は、そこでどっと疲れが押し寄せてきたそうです。
当時、五十代半ばだった祖母には重労働だったのでしょう。
少し休もう、そう思った祖母は、山の麓にある駐車場に車を停めて仮眠をとりました。
どれくらい時間が経ったのか、突然祖母の耳元で声が聞こえたそうです。
「ここからすぐに立ち去りなさい」
ハッとしてすぐに起き上がった祖母は、運転席の窓を開けて辺りを見回しましたが、誰もいません。
子供のいたずらかなと思い、もう一度目を閉じようとすると、今度は意識がハッキリしている中で聞こえました。
「ここから立ち去りなさい!」
先程と同じ声です。
心なしか語気が強くなっていたそうです。
怖くなった祖母は、窓を閉めて直ぐに車を発進させました。
あの声は一体何だったのか?少しパニックになりながらも家に帰り着いた祖母は、いつもの様に夕飯の支度をすると、祖父と一緒に食卓に着きました。
リビングのテレビにはニュース番組が映っていて、アナウンサーが原稿を読み上げていました。
その時、アナウンサーが発した地名に祖母は反応しました。
それは、先程まで祖母がいた山のことでした。
ニュースによると、天然水が採れる事で有名なその山で、先ほど土砂崩れが発生したと言うのです。
テレビ画面には山の一部が丸ごと下にずれたような映像が流れていました。
その映像を見て祖母は震え上がりました。
先程まで祖母がいた駐車場が全て土砂に飲み込まれていたのです。
土砂崩れが起きたのは、祖母が去ってから約二十分後の事だったそうです。
「あれはきっと山の神様が私を助けてくれたと思うの。だって、あの声が聞こえた時、周りには声を掛けてくれるような人は誰もいなかったもの」
幸いにも、その土砂崩れで亡くなった人はもちろん、怪我人も全く出なかったそうです。
後日、その山について調べて分かったのですが、辺りの地域ではその山を霊山として崇め奉っているそうです。
私は今も昔も幽霊は信じますが、神様やそれに準ずる存在は信じていません。いわゆる、無神論者と呼ばれるのでしょうか。
なのでこの件についても祖母が変な夢を見ただけで、声も何かの聞き違いだと思うし、死傷者が出なかったのも運が良かっただけ。そう思うのですが、祖母が嘘を吐くような人でないのも重々承知しています。
確かめようにもそんな術はありませんし、なにより祖母は今も元気にしているので、とりあえず、当時祖母が助けられたという存在には、渋々ながら感謝するしかありません。
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