体験場所:山梨県南都留郡富士河口湖町
山梨県の実家に里帰りした時の話です。
久しぶりの実家で1週間の予定、会いたい友人がたくさんいました。
現在は長崎県の離島で暮らす私は、次にいつ来られるか分かりません。
父はすでに他界し、実家は長男夫婦と母が同居していました。
ところが、私の帰省を待っていたかのように、私が実家に到着する直前、母はその日の昼食のあと突然脳梗塞を起こし、救急車で富士山のふもとにある病院へと運ばれたのです。
そのことを知らずに実家に到着した私。
「ただいま~」
そう声を掛けても誰も出てきてくれないし、玄関には鍵が掛かっています。
ことの詳細を教えてくれたのは、隣りに住む幼なじみの友達でした。
私が帰省したことを知ると、泣きながら母が倒れた顛末を説明してくれたのです。
実家から病院までは中央高速で40分の距離です。
すると、その幼馴染が病院まで車で送ってくれると言います。
とてもありがたかった。
子供の頃からおとなしく、おっとりしていた彼女は、久しぶりの再会がこんなことになるなんて、と、運転しながら泣いています。
母の容態も分からず、私はただただ緊張していました。
お互い話すことはたくさんあるはずなのに、黙ったまま、車は夜の道を走ります。
病院の緊急連絡口から入り、ナースセンターで母の所在を尋ねました。
集中治療室に入っていることを知らされ、幼馴染を駐車場に待たせたまま、私は急ぎ足で廊下を進むと、廊下のソファーに兄夫婦が座っているのが見えました。
母は昼食をとった後、いきなり仰向けに倒れたのだと知らされました。
ただ、手術は無事に成功し、あとは目を覚ませば大丈夫だと兄が言ってくれて、私は心の底から安堵しました。
「せっかく遠くから来てくれたのに、お母さん、早く目を覚まして欲しいねぇ。」
普段賑やかな義理姉もそう言ってしんみりしていました。
すると兄が言いました。
「ところで、お前はどうやって来たんだ?電車か?病院は不便な所にあるから、大変だっただろ?」
「ううん、隣りの春ちゃんの車に乗せて貰ったから」
私がそう答えた途端、兄夫婦は顔を見合わせました。
「隣りは、もう、誰もいないぞ…」
その兄の言葉が理解できなくて、私は適当に「ふーん。」とやり過ごしました。
「2年前におばさんが亡くなって、春ちゃんはその後を追うように首をくくったんだ。雄一は心臓が悪かったけど、去年亡くなって、あの家にはもう誰もいないんだ。」
兄の話が全く要領を得なかった私は、とりあえず来てもらうのが早いと思い、
「春ちゃん、懐かしくて来てくれたんだよ。今駐車場で待ってるから、ちょっと待ってて。」
そう言って、私は真っ暗な駐車場に出て春ちゃんの車を探しました。
でも、結局、春ちゃんの車は見つかりませんでした。
その様子を兄夫婦は真っ白な顔で見ていました。
それから1時間くらいして、母が目を覚ましたとお医者様が知らせてくれました。
意識もはっきりしている母を見て、ようやく私たちはホッと一息つきました。
翌朝には食事もできるようになった母。
すると母が朝食を食べながらこんなことを言うのです。
「隣りの春がずっと付いていてくれたから、心強かったよ」
え?と、兄は一瞬眉間にしわを寄せましたが、母もそう言うのなら、と、観念したのか、母に、私が体験したことを話して聞かせていました。
翌日、春ちゃんの墓参りも済ませることができ、あのとき里帰り出来て本当に良かった、と、今でもしみじみ思い返します。
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