
体験場所:長野県松本市の外れにある祖母の家(旧家)
小学生の頃、夏休みになると、毎年のように長野県の松本市郊外にある祖母の家に家族で泊まりに行っていました。
祖母の家は築100年に近い古い木造家屋で、まわりには山と畑しかなく、夜になると真っ暗で、虫の声と風の音しか聞こえないようなところです。
その家の二階には、今は使われてない和室があり、そこには仏壇が置かれていて、先祖の遺影がズラリと並んでいました。祖母いわく、「昔は法事や親戚の集まりで使っていたけど、今は誰も入らない」とのことで、家族もなるべくその部屋には近づかないようにしていました。
ある年の夏のことです。
その夏も祖母の家を訪ねていて、夜、一階の和室で寝ていた時のこと。ふと、夜中の2時過ぎに目が覚めたんです。
夏の夜の寝苦しいせいもあるのですが、なぜか胸騒ぎのようなものがして、嫌だなと思って寝返りを打った瞬間、「トン、トン」と、畳の上を歩くような音が天井から聞こえてきたんです。
最初は「猫でも上がったのかな?」と思いましたが、祖母の家では猫も犬も飼っていません。
それに、よくよく聞くと、その音は“重い”のです。明らかに人の歩くような音で、それが二階の和室の中をゆっくりと回るように動いていました。
僕は息をひそめて耳を澄ませていました。
すると、足音と同じ場所から、ぼそぼそと人の声が聞こえたんです。
声は、一人ではなく、何人かで話しているような。けれど何を話しているのかは分からない。音量も小さく、ただ「会話をしている」という空気だけは伝わってくる感じ。思わず僕は布団をかぶって朝までじっと耐えていました。
翌朝、祖母に昨晩の出来事を話すと、「ああ、時々いるみたいね」とサラっと言われました。
「いるって、何が?」と聞くと、「昔から、夜になると、あの部屋から声がするって言われるの。別に気にしなければ大丈夫よ」、と。
そんな風に祖母が当たり前のように話すのを見て、逆にゾッとしたのを覚えています。
あとで母にも聞いてみたところ、昔、親戚に不幸が続いた年があり、その頃から二階の和室を使わなくなったそうなのです。和室の仏壇には、そのころ亡くなった方の写真も並んでいて、なんとなく気味が悪くて、当時から母もなるべく入らないようにしていたそうです。
あの夜に聞いた足音や話し声を、大人になった今も忘れることはありません。危害を加えられるでも、何かメッセージを伝えられたわけでもありませんが、けれど、二階の和室には“なにかいる”という不思議を、肌で感じた体験でした。
ただ、今は祖母の家でその話をすると、家族全員が無言になります。誰もが何かを知っていて、でもあえて触れないようにしている。そんな空気が、あの家にはあります。
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