体験場所:兵庫県K市の国道〇〇〇号線
私にはいわゆる霊感などはありません。
それなのに何故あんなことが起こったのか…
今思い出しても良く分かりません。
でも、理由など関係なく、この世の中には「見えない世界」が存在するのかもしれないと思うのです……
その夏、夫の実家へ遊びに行った帰り道、兵庫県K市の国道を車で走っていた時のことです。
実家で夫がお酒を飲んだ時は、帰りはいつも私が運転をしていました。
その日も夫は勧められるまま沢山お酒を飲んでいたので、帰りは私の運転で帰路に就きました。
夫の実家を出て5分も経った頃には夫は助手席でグッスリ眠っていました。
いつもならお酒を飲んでいても、運転する私を気遣って話し相手になってくれるのに、その日は珍しいなと思いました。
後部座席では、夫の実家で遊び疲れた子供達もスヤスヤ眠っていました。
出発してから降り始めた雨は、その雨脚をだんだん強め、気付いた時には「えぇ!?」と思わず口に出してしまう程の豪雨になっていました。
慣れた道の運転でしたが、ワイパーをフル稼働しないと前も見えないほどの雨脚に、ハンドルを握る手が少し緊張していました。
夫の実家から自宅までは1時間くらいの道のりですが、豪雨がそれを更に長く感じさせます。
車のボディ全体を叩き付けるような怖いぐらい大きな雨音に、私は思わずラジオを消しました。激しい雨音に加え、もはや聞き取れず雑音となったラジオの音が重なると、運転への集中力を欠いてしまうと思ったからです。
注意を払いながら、そのまましばらく車を走らせると、切り開かれた山道に延々と続くカーブが出てきます。
わたしはその道が苦手でした。
見通しは悪いし、エンジンブレーキを使っても、更にブレーキを踏まないといけないような急なカーブがしばらく続き、運転するのが本当に怖いのです。
しかもその時はゲリラ豪雨のような大雨…
(事故に遭いたくない、気を付けて運転しないと…)
そんなプレッシャーがハンドルを握る手を硬くしました。
一つ目のカーブを曲がり、二つ目のカーブ……
強い雨で周囲の視界も遮られます。
(…早くカーブを抜けたい)
そればかりを考え運転していました。
(あとカーブはどれくらいあったかな……)
と、残りの道のりのことを考え、集中力が切れ掛かった瞬間でした。
『ちょっと、ちょっと』
「え!?」
突然はっきりとした男性の声で、『ちょっと』と呼び止められたのです。
驚いてすぐに視線を隣に移しましたが、夫はそこでぐっすり眠っています。
子供達も同様にスヤスヤ眠っていますし、ラジオもさっき切ったばかりです。
『ちょっと!!』
男性の声は尚も耳元で続き、私は息をすることも出来ずに運転だけを惰性で続けていました。
車内に誰かがいるとしか思えないほどはっきりとした声で、
『ちょっと止まって!!』
と、車を止めようとする誰かの声。
(止まれるわけない!!)
と、私は訳の分からない呼び声に対し動揺しながらも、心の中でそう叫びました。
助手席の方に目をやり夫を起こそうと思うのですが、声が出ません。
言いようのない恐怖でパニックになりながら、私はそれでも運転を続けました。
男の声に従って止まるわけには絶対にいかないと思ったのです。
その時、眠る夫のその先、助手席の窓にふっと目をやると、そこに誰かのお墓が映っているのが見えました。
それは「見える」というよりも、窓に「映っている」という感じでした。
ゲリラ豪雨で前も周りも見えないくらいの雨の中、例え道沿いにお墓があったとしても、それが車内から見えるとは思えません。
それなのに、クッキリと助手席の窓に誰かのお墓が見えたのです。
「お、お墓……」
私が見えたものを認識した途端、男性の声は聞こえなくなりました。
そのまま山道のS字カーブを抜けると、一気に雨脚は弱まりました。
私はほっとして、エンジンブレーキを解除し、無事に私たちの住む街に入ることができました。
あの時ほど街の明かりや他の車のライトに安心を覚えたことはありません。
その後、思い返してみると、お墓の映像が見えた辺りの場所には、確かに霊園の入り口があるんです。
ですが、霊園内は車道からは一切見えない造りになっておリ、ましてや特定の墓石が見えるはずもありません。
それなのに雨の中、くっきりと助手席の窓に映っていた墓石は何だったのか…
もしかしたら、誰かの霊がお墓参りに来て欲しかったのか…
それとも、私達家族を道連れにしたかったのか…
正直、そんなことは知りようもないのですが…
あれから何度もあのS字カーブを車で走りましたが、あんな声が聞こえたのは、あの日の一度だけです。
後日、あの場所でガードレールにぶつかって自損事故を起こしている車を一度だけ見かけたことがありました。
もしかしたら、その車のドライバーも、あの声に呼び止められたのかもしれないと、私は秘かに思っています。
あれから何度も走っているS字カーブですが、今でも雨の日だけは走りたくありません。
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