
体験場所:長野県I市
近所に、少し不思議な言い伝えがあります。
私が住んでいる地域の外れには、小さな祠のようなものがあり、その横に「寝ているたぬきの銅像」が置かれています。大きさは中型犬くらいで、丸くなって眠っている姿の銅像です。見た目はごく普通なのですが、この銅像には昔からちょっとした言い伝えがあります。
「毎日、誰かがあの銅像を磨かないと、村に良くないことが起こる」
そんな話を、私は子どもの頃から近所の大人たちに聞かされてきました。
とはいえ、当時の私はただの迷信だと思っていました。実際、誰が磨いているのかもよく分かりませんでした。ただ、通りかかるたび、銅像の背中だけが妙にピカピカ光っているので、「誰か掃除してるんだろうな」くらいにしか思っていませんでした。
ある日の夕方、散歩の途中、銅像の前を通りかかった時のことです。雨上がりで、あたりには湿った土の匂いが漂っていました。
ふと銅像を見ると、いつもは光っている銅像の背中が黒ずんでいて、どう見ても磨かれていませんでした。少し気にはなりましたが、「たまたま今日は誰も磨かなかったのかな?」くらいにしか思わず、そのまま家に帰りました。
その夜から妙なことが続いたのです。
まず、近所の畑で使っている電気柵が突然故障し、イノシシが入り込んで作物を荒らし、次の日には別の家で飼われている犬が夜中に落ち着きなく吠え続け、また三日目には、普段は穏やかな川が大雨でもないのに増水し、土手の一部が崩落。そんな事が立て続けに起こりました。
もちろん一つ一つの現象は田舎では珍しいことではありません。どれも偶然といえば偶然です。
ただ不思議だったのは、こうした事が起こると、近所のお年寄りたちが決まって口にするんです。
「最近、たぬき磨いてるか?」
その言葉を何度も聞くうちに、私は少し気味が悪くなりました。
そこで四日目の朝、私は銅像を見に行くことにしました。
祠の近くまで行くと、一人のおばあさんが銅像の前でしゃがみ込んでいるのが見えました。見たことのない人で、古い布を使ってたぬきの背中を一生懸命こすっています。
私は思わず声をかけました。
「毎日、磨いてるんですか?」
するとおばあさんは顔を上げ、少し笑いながらこう言いました。
「毎日じゃないですよ。でも、誰かがやらないといけませんからね」
その言い方が、なぜか妙に引っかかりました。まるで、当番がいるような、そんな習慣があるような含みを感じたのです。
それから数日が過ぎると、近所で続いていた小さなトラブルは不思議と落ち着きました。
壊れていた電気柵も修理され、夜中に吠えていた犬も静かになり、川もいつもの穏やかな流れに戻りました。
それ以来、私はたぬきの銅像の前を通ると、意識的に背中を見るようになりました。
すると不思議なことに、いつも銅像はきれいに磨かれていて、雨の日でも、曇りの日でも、背中がつやつや光っているのです。
誰が磨いているのか、未だにはっきりとは分かりません。近所の人に聞いても「さあねえ」と笑ってごまかされるだけです。
ただ、早朝、遠目にたぬきの銅像が見えると、銅像の前で誰かしゃがみ込んでいる影を見ます。近づこうとすると、いつの間にかいなくなっているのですが。
今でも思います。
あの言い伝えは、本当にただの迷信なのか?
少なくとも一つだけ確かなのは、あのたぬきの銅像の背中は、いつ見ても不自然なくらいきれいだということです。

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