体験場所:鹿児島県南九州市 知覧町郡
数年前、私は友人2人と一緒に鹿児島旅行に行きました。
観光やご当地グルメを楽しむという目的だったのですが、宿泊先から近いということで、予定にはなかったのですが、鹿児島県南九州市にある『知覧特攻平和会館』の展示を観に行きました。
特効とは、戦時中、自らの命と引き換えに敵の戦闘機に体当たり攻撃をするという非人道的な作戦のことで、国に命を捧げた特攻隊員の遺品や資料には心を揺さぶられるものがありました。
関係資料を観ながら当時の背景や特攻隊員に思いを馳せると、自然と涙が出てきた程です。
一つ一つの展示品に足を止め、ゆっくりと先へ進んでいくと、特攻隊員が作戦を実行する前に過ごしていた『三角兵舍』という半地下の建物が復元・設置されたエリアに来ました。
何故かこのエリアに足を踏み入れた瞬間、空気が肌を刺すかのようなヒヤリとした感覚がありました。
復元されたその建物は外観も物寂しく、このような場所で最期の一時を過ごしたのだと考えると胸が締め付けられました。
暫し呆然としながら感慨に浸っていると、急に身体の芯まで冷え切る様な悪寒が走り、そこにはあまり長居せずに次の展示品に移動することにしました。
入館して1時間程だったでしょうか、私達はこの『知覧特攻平和会館』を後にし、観光を続けました。
その日の旅館にチェックインした夜のことです。
『知覧特攻平和会館』の近場にある旅館に宿泊した私達は、予約していた二部屋を割り振り、友人二人とは別に、私が1人で片方の部屋に寝ることになったのです。
友人と明日の日程を確認すると、私は自分の部屋に戻って眠りに就きました。
どのくらい経った頃でしょう。
『ドン、ドン、ドン。』
と、他の部屋にも聞こえるような大きな足音のような音で私は目が覚めました。
夢の中の音だったのかと一瞬思ったのですが、夢の記憶は一切ありません。
無意識に起きたのではなく、何かに起こされたという感覚がありましたが、周りには誰もいません。
妙な寝覚めに気味悪く思いましたが、幸い電気を点けたまま寝ていたようで、暗闇の恐怖は回避できました。
しかし、目を開ける前に聞こえた足音が妙に頭に残っており、私は恐る恐る時刻を確認しました。
時計の針は丁度夜中の2時を指しており、朝まで大分まだ時間があることが私を言い様のない不安へと駆り立てました。
このまま朝が来るのを1人で待つことは困難だと判断した私は、すぐに部屋を出て、友人が寝ている隣の部屋をノックしました。
廊下は真っ暗で、風が吹き抜けるような音が時折聞こえる度に背筋に悪寒が走り、私はノックする手に力を込め必死に友人を呼びました。
すると『ガチャ』と扉が開き、寝ぼけ眼の友人が出てくれました。
細かい理由は説明せず「一緒に寝させて」と早口で告げる私を受け入れてはくれたのですが、やはり眠かったのか、私が寝られるように布団をずらした後、その友人はすぐにまた眠ってしまいました。
もう1人の友人は部屋をノックされても気付かず寝続けていたので、旅先で疲れているのだろうと思い起こすことはしませんでした。
しかし、何はともあれこれで1人で朝まで過ごすという事態は免れたため、先程より安堵した気持ちで布団に入ることができました。
(良かった、これで安心だ)
と思ったのも束の間。
『コン、コン』と、扉を叩くような音が聞こえたのです。
(幽霊だ!?)
私がそう反射的に感じた理由は音だけではなく、言葉では説明しにくい張り詰めたような空気感、金縛りの時に身体が硬直するようなあの感覚に似た雰囲気がそこに漂っていたからです。
私はすぐさま布団を頭まで被りました。
友人を起こす、という手段も脳裏をよぎりましたが、とにかくこの時は動くことが怖かったのです。
何とかやり過ごされなければ、という思いでじっと耐えました。
しかし、扉を叩く音は止まず、むしろ先程よりも徐々に音が大きくなっています。
音が聞こえる度に私の恐怖心は膨れ上がり、耳の中に指を突っ込んでお経のようなものを心の中で唱えました。
何の効果もないかもしれませんが、気休めでも何かしておかないと恐怖で潰されそうだったのです。
…それから何分、何十分経ったのでしょうか。
耳を押さえていても聞こえてくる音に身体を強ばらせていると、ふと、音が止みました。
(いなくなった…)と安堵するよりも先に、
『--ドン!!』
と、私の頭の近くで大きな音が鳴りました。
足で床を思い切り踏みつけるよりも大きな音。
ビクッと反射的に身体を動かした私の恐怖心は、これでもかというくらいに高まり、
(ごめんなさい、成仏してください。成仏してください…)
と、情けなくもそう心の中で念じるしか術がありませんでした。
何度その言葉を唱えた時でしょうか。
-フッ、と今まで張り詰めていた空気が消えました。
直感でしたが(いなくなった)、と分かりました。
その瞬間、安堵の為か汗がどっと涌き出てきました。
極限の緊張から解き放たれたせいか、私はいつの間にか眠りに落ちていて、再び目が覚めたその時ほど『起きたら朝だった』ということに、喜びを感じたことはありません。
翌朝友人達に昨夜の恐怖体験を話したのですが、あれだけ大きな音が鳴ったというのにも関わらず、その音を聞いたのはやはり私だけのようでした。
あの音は、一体何だったのでしょうか?
何故、私にしか聞こえなかったのか?
もしあれが心霊現象だったのだとしたら、旅館自体がそういう曰く付きの場所だったのか?
それとも、もしかしたら「知覧特攻平和会館」の三角兵舍で感じたあの空気、感慨深く展示に見入っていた私に特攻隊員の霊が付いて来てしまったのか?
もし後者であれば、未だに成仏できていない幽霊がいるのでしょうか?
それを知る術はありませんが、あの時の体験は今でも時折思い出します。
国のために自分の命を捧げた特攻隊員。
彼等の冥福を祈るとともに、この世界が平和であって欲しいと切に願っています。
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