体験場所:埼玉県G市の某介護施設
高校卒業後、私は埼玉県G市にある大きな介護施設に就職しました。
1階にはケアハウスやデイサービス、ショートステイの他に厨房や事務所が入り、残りの1階スペースと2階3階フロアは特別養護老人ホームになっている大型の介護施設でした。
勤務時間は所属する部署ごとにそれぞれで、特別養護老人ホーム・ケアハウス・ショートステイに勤務しているスタッフは、早番・遅番・夜勤という3交代制となっており、ショートステイに勤めていた私もそのシフト体制で勤務していました。
これは私が初めて夜勤のシフトに組まれた頃の事です。
まだ経験が浅かった私は仕事が遅く、初めての深夜勤務ということもあり、気持ち的にも体力的にも一杯一杯で、ただ黙々と作業をこなす日々が続いていました。
ようやく仕事に慣れたのは、初めての夜勤から半年が経過した頃で、やっと1人でも先輩スタッフと同じように何とか仕事をこなせるようになってきました。
そんな頃、いつも良くしてくれるA子先輩に声を掛けられたんです。
「夜勤はどう?何か気になることとかない?」
そう聞かれた私は、
「はい。日勤より夜勤の方がなんだか好きです。」
と、元気一杯に答えると、
「まじ?おばけとか、大丈夫なん?」
とA子先輩は言いました。
何のことか分からない私が、
「・・・はい?」
と間の抜けた返事をすると、
「実はさ、ここの施設けっこう出るんだよね。私もよく感じるし、何回かは見たこともあるの。1階より2階の方がヤバイらしいけどね。」
と、A子先輩は事も無げに言ってきたのです。
私には一切霊感はありませんので、視たこともなければ感じたこともありません。
でもだからこそ、この手の話がすごく苦手で、明後日に控えている次の夜勤がとても怖くなってしまいました。
とは言え、私が勤めるショートステイは1階での勤務。『2階に比べたら1階はまだマシ』と言う言葉を誇大解釈して自分に言い聞かせ、次の夜勤の日を迎えたのです。
その日、夜勤の仕事が落ち着き始めた20時頃、これからスタッフの食事という時間になって、2階の特別養護老人ホームのスタッフから連絡がありました。
今日はスタッフの数が足りないので、2階の食事の配膳も1階スタッフにお願いしたいとのことだったのですが、運が悪いことにその任務は、一番新米の私に回ってきたんです。
(あんな話を聞いた直後の夜勤で、まさか2階に行くことになるなんて…)
あまりにドンピシャなタイミングを気味悪く思いながらも、いつものように厨房に食事を取りに行き、自分の分とは別に2階のスタッフの分も受け取りました。
その職場は、特別な事情が無い限りスタッフの上下移動は階段を使うことになっていたのですが、荷物がある時だけはエレベーターに乗ることが許されていました。
私は人数分の食事を運びながら、そのままエレベーターに乗り込み2階へ向かいました。
私の緊張とは裏腹に、特に何事もなく2階の配膳は済みました。
拍子抜けしながらもホッと胸を撫で下ろし、私は自分の分の食事だけ持って再びエレベーターに乗り込み1階ボタンを押しました。
すると、ゆっくりと、エレベータードアが閉まったその直後でした。
私は今まで生きてきた中で一度も感じたことがない程の寒気に襲われたのです。
1階に着くまでの僅かな時間のはずが、凍えるほどの寒気のせいかものすごく長い時間に感じました。
ようやく1階に着き扉が開くと同時に、私はエレベータを飛び出しました。
恐怖で震える手に持つ食事をこぼさなように、私は急ぎ足で自分の職場に戻ると、同じ夜勤の男性先輩スタッフに、今の出来事を話しました。
「ああ、霊感ある人はあのエレベーターに白髪のおばあちゃんが乗ってるって言うよ。もしかして霊感あるの?」
と、さも当たり前のことのように聞き返され、
「今まで視たことも感じたこともないです」
と半泣き状態で伝えると、
「多分感じるようになっちゃったね。俺も霊感なかったのに、ここに勤めてからはさ…」
と、苦笑いしながら言うんです。
この日を境に、私は夜勤の度に何かを感じるようになりました。
ある日の夜勤では、霊安室の前を通ると、おじいちゃんのしわがれた声が聞こえたり…
またある日の夜勤では、食事を受け取りに厨房に行くと、誰も居ないはずの真っ暗な厨房の奥から物音が聞こえたり…
またある日の夜勤では、2階のヘルプから戻る際、エレベーターのボタンを押しても中々1階からエレベーターが上がってこないので、大量の荷物を抱えたまま階段を使って気合いで1階へ降りると、誰も乗っていないエレベーターの扉が開いたまま未だに1階で止まっていたり…
またある日の夜勤では、翌日の入浴準備のため深夜0時頃に浴場に行き、電気のスイッチを入れても点かなかったので、「電球の交換しなくちゃかな?」と思い、1度その場を離れ電球を持って戻ると、普通に電気が点いていたり…
またある日の夜勤では、誰も居ない居室からナースコールが鳴ったり…
と、些細なことまで含めると本当に色々ありましたが、そのどれもがA子先輩の「ここの施設、結構出るんだよね…」という話を聞いたのを境に起きるようになってしまったんです。
必ず夜勤の度に何かしら気味の悪い体験をしてしまうので、日勤よりも好きだった夜勤が日に日に嫌になり、終いには帰りが20時頃の遅番ですらも怖気づくようになってしまいました。
「…もう精神的に無理」
「…いつ憑りつかれるか分からない」
「…何かあってからでは遅い」
そう思った私は、入社して3年目になる時、この仕事を退職しました。
因みにA子先輩も、夜勤中にケガをしたことを切欠に退職したそうです。
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