
体験場所:長野県S市
気に入って着ていた服にはそれなりに思い入れも深くなるものだ。
ただ、思いれというのは必ずしも良いものだけではない。私がそう感じた話をしたいと思う。
数年前、大学生の時のこと。
久しぶりに訪れた長野県S市の親戚の家、その帰り道でのことだった。私は一軒の古着屋を見つけた。
いつからあったのか分からないくらい寂れた店だが、古着が好きな私は興味に負けて入ってみることにした。
店内には所狭しと服が並べられ、私は古着独特の匂いに包まれた店内に少し安心感を覚えた。
店内の服をほぼ全て物色した後、店の奥の壁に掛けられた一着のジャケットが目についた。
そのジャケットは誰もが知っている海外の有名ブランドのもので、片田舎の古着屋に置いてあるには違和感があるように感じた。
気になった私はそのジャケットを試着してみることにした。
オーダーメイドかと思うくらいぴったりのサイズだった。
値段もそのブランドからすると破格の安さで、貧乏学生にはありがたいと思い、運命を感じた私は即決した。
そのジャケットを着て大学へ通うようになると、まるで周りの学生から羨望の眼差しを向けられているような気がして気分が良く、私はそればかり着て歩くようになった。
しかし、その頃から妙なことが起こり始めた。
最初は右肩の辺りに感じる違和感だった。
ただそれ程ひどいものでもなかったので、肩凝りくらいに思っていたのだが、肩凝りは一向に良くならないどころか日々悪化していくように感じていた。
そんなある日、サークル勧誘のチラシを切っている時、誤って自分の右手人差し指を鋏で切ってしまった。幸いそれなりに血は出たものの、そこまで酷い怪我ではなかった。
その時ふと思った。
このジャケットを買ってから右腕に変なことが多い。
考え過ぎかもしれないが、一度そんな思いが巡ると頭から離れなくなり、なんだか着ているのも嫌になって、私はジャケットをクローゼットにしまい込んで着るのをやめた。
日増しに痛みが増す右肩は、その頃にはもう殆ど上がらなくなっていた。
そんな時のことだった。
厨房のアルバイトで、油の入った鍋を持って移動している時、濡れた床に気付かず転んでしまった私の右腕に、鍋の油が降り注ぎ大火傷をした。
手早く処置をしてもらったので後遺症は残らなかったが、火傷の痕は消えないだろうと医師に言われた。
やはり絶対におかしいと思った私は、家に帰るなりクローゼットからジャケットを引っ張り出し、何かおかしなところはないか確認した。
すると、裏地を見た時、寒気がした。
右腕の裏地だけが赤黒く変色していたのだ。
まるで真っ赤な血が乾いたかのようだ。
それに右肩の部分をよく見ると、何度か縫製され直したような跡があり、右腕と胴部分を何度も繋ぎ合わせたよに思える。これは一体何を意味するのだろうか。
ただもうそんなことはどうでもよく、直ぐに近くの神社にジャケットを持ち込んでお焚き上げしてもらった。
だから、もうこれ以上のことは分からない。
ただ、あの時のことを思い返し一つだけ言える事は、肩こりと感じていたあの違和感は、今にして思うと、誰かにずっと右肩を引っ張られている感覚だったということだ。
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