体験場所:長野県I市
これは1年ほど前の夏に体験した話です。
ちょうどお盆の時期の終わり、送り盆が済んだ頃でした。
当時、私は長野県I市の勤務先まで車通勤をしていました。
駐車場は勤め先から少し離れていて、車を停めた後、そこから歩いて職場に向かうという日々を送っていました。
その徒歩通勤の途中に、墓石数20基程の小さな霊園がありました。
元々、多少霊感のようなものがあった私は、その霊園の前を通る度に謎の違和感を感じていたのですが、私の霊感なんてそんな大それたものではなく、「何か分からないけど何かいる…。」というボンヤリとした情報しか得られない程度のものでした。
そんなある日の仕事帰り、いつも通り駐車場までの道を歩いていると、件の霊園の方から誰かに見られているような感じがしました。
ですが、ふとそちらに視線を向けても誰もいません。
でも、妙な寒気もします。
気味が悪くなり、私は足早に車へ向かい家路に付きました。
しかし、その日から私は異様な感覚に苛まれるようになりました。
寝ても起きても何かが近くにいる感覚がずっと抜けず、お風呂や台所、鏡の前、パソコン作業中など、いつでもどこでもその感覚が付いて回りました。
時には視界の隅を”何か”黒いものが通り抜けることもありました。
それはちょうど大型犬と似た大きさの、毛むくじゃらの塊のようなものでした。
慌ててそちらを見てもやっぱり何もいない。
代わりに異様な寒気に襲われるという毎日が続いていました。
そんな感覚がしばらく続いたある日、職場で仕事をしていた時です。
突然その”何か”が体の中に入り込む感覚に襲われたかと思うと、私の体感温度が壊れ始めました。
暑い、寒いを繰り返し、上半身の皮膚の内側を虫が這っているような感覚でムズムズし始めたのです。
私は咄嗟に「体が奪われる…」という思いに駆られ、これから起こる可能性を次々と想像して、恐怖とむず痒さに身悶えました。
すると周りの同僚が私の様子に気が付いてくれ、促されるまま会社のベットで少し休憩させてもらえることになりました。
しかし、不安が消えることはなく、とにかく体の中を虫が這うような気持ち悪さに、ベットに体を擦り付けのたうち回るしかありませんでした。
でも、しばらく経つとその感覚が消えたんです。
「落ち着いたのか…」
そう思って、体を起こそうと頭を上げた時でした。
“何か”によって体が勢いよくベッドに押さえつけられました。
同僚たちがいる部屋とは簡単なカーテンで仕切られているだけだったので、すぐに声をあげて助けを呼ぼうとしました。
でも、口は動くのに何故か全く声が出せません。
すると今度は私の首が勝手に回転を始めました。抵抗すると首に耐え難い痛みが走ります。
そのまま無理矢理真横に顔を向けられたかと思うと、その正面からざらついた声が話しかけてきました。
「助けて…」
「寂しい…」
「ひとりぼっち…」
「なんで…私…だけ…」
ボソボソと話すその声は初めて聞く声でしたが、その主が私に取り憑いている”何か”だと言うことは何となく分かったんです。
目を閉じると、目の前にぼんやりと立っている女性が見えました。
背丈は私がベッドに腰掛けた時の座高と同じくらいだったのでかなり低かったと思います。
青白い顔を長い髪が覆い、僅かに見える頬の辺りを涙が流れているのが分かります。
その痕を辿ると、目玉がえぐられた黒い穴からその涙は溢れているようでした。
服は白い和装でしたが、その1枚しか着ていないのか肩の線が浮き出ています。
視線を足元に向けると、その姿は更にぼやけていてよく見えません。
すると、女性はこちらに手を伸ばし、その指先が私の肩に触れました。
触られたところにヒンヤリとした感覚が走り、それと同時に私の頭の中に何かの情報が流れ込んできました。
それは女性の記憶のようでした。
随分と裕福そうな家の中に、細身で髭の生えた男性と、化粧が濃い女性がいて、その向かいには小太りの少年が座っているのが見えます。
しかし、私に取り憑いている女性がいるのは、そことは別の離れのようなところで、古びた建物の中にござのような薄い布団が敷かれ、そこに寝そべって泣いています。
女性の身体は垢まみれで、その匂いに惹き付けられているのか、虫が敷布団の上まで這い上がってきていました。
それは私が体験したこともないような、凍えるように冷たくて寂しい、病気に苦しむ記憶でした。
目を開けると、体の自由が効くようになっていました。
どうやら私は1時間ほどその記憶を見ていたようでした。
ようやく解放され安心したはずなのに、頭の中には女性の記憶がはっきりと焼き付いていて、私はしばらく涙が止まりませんでした。
嗚咽が出るほど泣き続けていた時、私の異常に気が付いた同僚が駆けつけてくれて、直ぐに早退の手続きをしてくれました。
職場を飛び出した私は、霊園の方に顔を向けないように車まで走りました。
「今は早く、母に会いたい。」
それは、毎日顔を付き合わせている母に対して抱いたこともない感情でした。
通院中だった母は、その時間、病院にいるはずでした。
どうにか車の運転には支障がなかったので、私はすぐに母がいる病院に駆け込みました。
そこには欠伸をして診察時間を待っている母の姿がありました。
母は私の姿を見て驚いたものの、困惑しながらさっきの体験を話すと、横やりも入れずにそのまま聞き入ってくれて、私はまた涙が出てきました。
母が抹茶アイスを買ってくれて、1口、2口と食べていたら、ふっと体から何かが抜ける感覚がしました。
辺りを見渡すと、すぐ横にあの女性が立って私を見ています。
もう体に入るつもりは無いようでした。
すると「ごめんなさい…」と一言聞こえたかと思うと、女性の姿は消えて気配のみになりました。
ようやく私は安堵したのと一緒に、女性への同情が溢れ返り、また涙が流れてきました。
その後、「このままには出来ない」と思った私は、家の近くのお寺に行って、住職にその話を聞いて頂くことにしました。
すると住職は私の顔を見るなり、
「成仏されたのですね。」
と、一言呟きました。
私はそこでお経をあげて頂き、心からあの女性の成仏を願いました。
以上が私の体験談です。
因みに、これは後日談になりますが、あの件があって以来、霊感が覚醒してしまったのか、今では意思のある霊ならしっかりと見えるようになってしまいました。
ですが、あそこまでの霊障は後にも先にもありません。
今は、その女性が空の上で穏やかに過ごしていることを願って、時々お寺に行ってはお経を上げて頂いています。
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