体験場所:東京都A区
これは母から聞いた話です。
私が1歳の頃のことなので、今から30年以上も前のことです。
当時、東京のA区に住んでいた私の母には、長男である私と、年の離れた長女(私の姉)の二人の子供がいました。
これは、その長女の身に起こった不可思議な話です。
以下は、母の語りになります。
当時、私には2人の子供がいました。
中学生の長女と1歳になる長男です。
長女は長男と年が離れていた為か、まるで2人目の母かのように、とても甲斐甲斐しく長男の面倒を見てくれていました。我が子ながら本当に優しい子に育ったと自慢したくなるような子でした。
しかし、そんな長女が中学を卒業する頃、何やら様子がおかしい時期があったのです。
部活で学校にいるはずの時間帯に、近所の方々から「はるこ(長女・仮名)ちゃんが、うちの家の近くでウロウロしているんだけど…」と言われたことがありました。
あの真面目な子が部活をサボるわけがない。
何かの勘違いだろうと思いその家へ向かうと、確かに言われた通り、その家の周りをウロウロウロウロしている長女の姿を見つけました。
ですが、その様子はまるで無意識に歩き廻っているようで何かおかしく、違和感を感じた私は怒るというより心配になって声をかけました。
すると、長女は急に正気を取り戻したかのような顔になり、
「うん。なんでもない。」
と笑って返し、そのまま家に帰っていったのです。
そんな長女の徘徊は連日続き、それを見かけた家族や知人が声を掛けても、やっぱり同じように「なんでもない」と返されるだけでした。
さすがに何かあったに違いないと私が問い詰めても、
「わからない…」
と本人は言うだけ。
それでもやっぱり様子がおかしいので、何度か問い詰めるうち、とうとう長女は返事もしなくなってしまったのです。
(もしかしたら学校でイジメにでも遭っているのではないか…?)
そう不安に思った私は、直ぐに学校に連絡してみたものの、「部活は体調不良で休むと聞いている」と言われ、授業中などの様子も特に問題はないと伝えられたのです。
そんな日々が続いたある夜のことです。
寝室で寝ていた私は、ふと何かの気配を感じて「はっ」と目を開けました。
すると、隣の自室で寝ているはずの長女が私の寝室の化粧台に座り、鏡に向かって下を俯きながら何かボソボソと喋っているのです。
驚いて直ぐに長女に声を掛けようとしましが、なにか直感的に話し掛けてはいけない気がして、私は再び目を閉じて長女が部屋を出て行くのを待ちました。
ですが、目を閉じることで音に神経が集中されたためでしょうか、ボソボソと何かを話す長女の声が徐々に鮮明になり、遂にその言葉が聞き取れたんです。
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうして…」
長女は繰り返しそう呟いていました。
一体何に対する言葉なのか。
他の言葉が聞こえてくることもなく、私には長女が何を言わんとしているのか全く分かりませんでした。
しばらくは目を閉じて長女の声を聞いていましたが、いつまでも続く恨みがましい言葉が流石に気味悪く、目を閉じていることで、却って不安が助長されるように感じた私は思わず目を開きました。
すると、さっきまで下を俯いてい長女は顔を上げていて、目の前の鏡越しに私と目が合いました。
少しの間、そのまま睨むような目で私を見ていたかと思うと、長女はスッと立ち上がり、黙って部屋を出て行きました。
「これは…絶対におかしい…」
何か人ならぬ力が長女に働きかけていると不安に感じた私は、翌朝、起きてきた長女に昨晩のことは問わないまま、とにかく神社にお祓いに行こうと腕を取りました。
幸いにも、どうやら長女も最近の自分自身に違和感を感じていたようで、抵抗することもなく黙って付いて来てくれました。
結果だけお伝えすると、お祓いの効果があったのでしょう。それ以来、長女の奇行は治まりました。
本人は信じきれないようで、まだ不安そうな顔ではありましたが…
お祓いの際、長女が神主さんに自分の奇行の原因を聞いていました。
「動物霊です。」
そう言われた長女はどうやら身に覚えが無いようで、やはり腑に落ちない様子でした。
ですが、とりあえず原因も分かり、それを取り除くことが出来たと満足した私は、神主さんにお礼を伝え帰り支度をしていると、神主さんが私にだけそっと言ったんです。
「本当に憑いていたのは同世代の女の子の生霊です。」
私はゾッとしました。
生霊とは生きている者の怨念。
そんなものが娘に憑いていたなんて…
あの優しい自慢の娘が、誰かの恨みを買っているとは私には到底信じられず、向こうで帰り支度をしている娘をしばらく呆然と眺めていました。
このことは今も娘に伝えていません。
以上が、私が母から聞いた話です。
姉が呟いていた「どうして?」という言葉の意味は未だに分からないそうです。
ですが、当時、姉は学校で比較的人気があったようで、男子生徒にも好かれる存在だったと聞いています。
もしかしたら姉も知らず知らずのうち、同性の誰かから恨まれることもあったのかもしれない、そんな風に私は思うのです。
今となってはそれを知る由もありませんが…
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