体験場所:愛知県名古屋市の某居酒屋
大学生の頃、僕は愛知県名古屋市の某居酒屋で働いていました。
居酒屋といっても、ジャズが流れる薄暗いお洒落系なバーのような店で、たまに有名人もお忍びで来るようなお店でした。
店は4階建てになっており、1階は5席だけのカウンターバー、2階は掘りごたつの部屋、3階には8つの個室部屋があり、4階は事務所兼倉庫になっておりました。

とにかく清潔がモットーのお店で、いつも店内はどこもピカピカでした。店長が特に綺麗好きというか潔癖に近いものがあり、掃除には厳しかったんです。
掃除は早番出勤の人が開店前に行うことになっていました。
手順としては、1階から掃除を始め、2階、3階と順番に上に進めていくのが基本の流れだったのですが、いつも1階と2階は問題なく終わるのですが、3階の個室の掃除に取り掛かると、なぜか決まって気分が悪くなりました。
すべての個室がそうと言うわけではなく、ある特定の個室の掃除に取り掛かると、決まってザワザワと胸が締め付けられるような不快感に襲われるのです。

ある日のこと。
その日の早番は僕一人だったため、掃除も一人で行わなければいけませんでした。
1階2階の掃除は問題なく終わり、いよいよ3階の掃除に向かうと、やっぱり例の個室の入り口で、どうにも気持ちが悪くなり、2階へ逃げ出してしまいました。
(やっぱりあの部屋は無理だ…)
そう思った僕は、
(いつも綺麗にしてるんだし、今日一日くらい掃除しなくても大丈夫だろ…)
と自分に言い聞かせ、その日はその個室の掃除をサボってしまったんです。もちろん怒られるのは嫌ですから、店長には黙っていました。
そのまま開店の時間を迎え、その日の営業がスタートしました。

その日も店は盛況で、慌ただしい時間が過ぎていきます。
そんな中、例の3階の個室にお客様をご案内した後でした。
しばらくして、
「キャー」
というお客様の叫び声が聞こえてきたんです。
僕は多少ためらったものの、慌てて例の個室に向かい、
「どうしましたか?」
とお声掛けしたんです。
「今、壁中に赤い斑点が現れて…」

お客様はそうおっしゃいました。
ですが、確認しても壁に斑点は見当たりません。
まだアルコールをお出しする前だったので、酔っぱらっているとも思えませんでした。
「…きっと勘違いですよ」
僕は冷や汗をかきながらも、そうお客様を取りなして部屋を後にしました。
ですがしばらくして、また先ほどのお客様達が真っ青な顔で僕の前にやって来て、こう言いました。
「…落ち武者が現れました。」

(落ち武者って…)
ギャグのつもりなのか、正直お客様がなんでそんなことを言うのか全く理解できませんでした。
ですがそのまま放っとくわけにもいかないので、僕は仕方なくもう一度例の個室に向かい、そして意を決して部屋の扉を開けました。
・・・変わったところは特にありませんでした。
部屋はいつも通りですし、当然落ち武者なんてものもいません。
とりあえずお客様をなだめ、別の個室に案内した後、そのことを店長に報告すると、
「お前、今日、掃除サボっただろ?」
突然そんなことを言われてしまったんです。
僕はなぜこのタイミングでバレたのか、腑に落ちない気持ちで店長に謝ると、
「この店の3階にはな、幽霊が住んでるんだよ。」
急に店長がそんなことを言い出したんです。
「みんな怖がって、そのこと言うとバイト辞めちゃうから言わないんだけどさ・・・」
「閉店後に3階に行くと、あの個室に落ち武者の霊が座ってるんだよ。」

「そんで、なぜか掃除をサボると閉店前にも出てきちゃうんだよな。綺麗好きな幽霊もいるんだな・・・」
そう言って、無表情のまま笑っている店長。
その背後には、落ち武者が立っていました。

掃除をサボった僕を睨みつけているようでした。
何の因果でこの店の3階に住み着いているのか分かりませんが・・・
掃除が苦手な僕は、すぐにこのバイトを辞めることにしました。
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