体験場所:新潟県新潟市
これは、私が初めて一人暮らしをした時に体験した話です。
長年一人暮らしに憧れていた私は、社会に出たら一度は一人暮らしをしたいと思っていました。
その念願が叶ったのは、新社会人となって新しい生活にもそれなりに慣れてきた頃のことでした。
実家からそう遠くなく、会社へのアクセスも良いところに部屋を借り、遂に憧れの一人暮らしをすることに決めたのです。
まずは親と一緒にいくつかの物件を内見し、候補を2つまで絞りました。
一つは、築5年と割と新しく綺麗なお部屋でした。出窓もあったりして、とても可愛らしいお部屋でしたが、空いていた部屋は1Fでオートロックもなくセキュリティーがイマイチだったため、親はあまりいい顔をしませんでした。
もう一つの物件は、真向いに大きなお寺がある築15年のお部屋でした。こちらはオートロック付きの3Fで、近隣は割と人通りが多く安心できる部屋でした。
内見中も隣で心配している両親の気持ちを邪険に出来ず、結局、私はセキュリティー面が充実したこちらの部屋を借りることに決めたのです。
一つ嬉しかったのは、この部屋はペット可の物件だったこと。
なので、最近実家で飼っている猫が産んだ子猫を1匹連れて、1人と1匹の生活が始まったのです。
窓からの景色がお墓なのは少し気になりましたが、初めての一人暮らしは毎日が新鮮で、子猫と一緒に楽しい生活を送っていました。
間もなく一人暮らしを始めて1年が経とうという時のことです。
猫が玄関ドアに向かって何かを威嚇するように、シャーっと声を上げていたのです。
猫は音や気配に敏感なので、虫か何かにたまたま反応してしまったのだろうと思い、そのまま猫を抱きかかえて部屋に戻りました。
ですが、その次の日も、またその次の日も、毎日毎日同じ時間帯に猫は玄関に向かってシャーッと威嚇を繰り返すようになったのです。
やっぱり何かあるのかなと、インターホンのカメラで玄関の外を確認してみるのですが、特に何もありません。
それなのに、毎日同じような時間に猫が玄関に向かって威嚇するので、私も少し気味悪く思い始めていました。
そんなことが2週間ほど続いていたある夜。
その夜も猫が玄関に向かって威嚇していたので、私は思い切って玄関ドアを開けて外を確認してみました。
すると、なんとなくなのですが外にお線香の香りが漂っています。
真向いがお寺ですので(そんなこともあるかな…)と、あまり気に留めず私はドアを閉めました。
すると、その日を境に、猫が玄関ドアに向かって威嚇している最中、お経を唱える小さな声が聞こえるようになったのです。
いくら真向かいがお寺だとは言え、お経まで聞こえてくることはこれまでありませんでした。
(何かおかしい…)と思いながら、その日も猫が威嚇を始めたので、私は玄関のドアを開けてみたのですが、やっぱり外には何もありません。僅かにお線香の香りがするだけです。
すると、お隣に住む私より少し年上の女性が部屋から顔を出し、声を掛けてきたのです。
隣「…何かありました?」
私「いえ、あのー。猫が毎日、なぜか玄関に向かって威嚇をしていたで、何か変だなと思いまして。うるさかったですか?」
隣「いえ、全然。迷惑とかそういうことじゃなくて・・・・ちなみに、何か変なこと、起きてないですか?」
私「…変な事?…というか・・・目の前がお寺だからかもしれないですけど、お経ってここまで聞こえてくるものですか?」」
隣「あー。やっぱり。なるべく早めに時間作って、向かいのお寺の住職さんにそのこと話した方がいいですよ。」
女性はそれだけ言い残して自分の部屋に戻ってしまいました。
お隣さんは一体何を言いたかったのか、私は頭の中の整理がつかないまま、その日は眠りに就きました。
新生活で初めての年度末を迎えていて、毎日残業で疲れ果てて帰る日々を送っていた私は、そんなお隣の方からの助言もすっかり忘れたまま1か月が過ぎていました。
その日も私は残業でクタクタになり、部屋に帰るなりそのままベットに倒れ込むように眠ってしまいました。
その夜中のことです。
猫が威嚇する声で目が覚めたのです。
(あ~またか…)と思って、もう一度眠ろうと目を閉じると、その日は少し感じが違うことに気が付いたのです。
いつもなら微かに聞こえてくるお経の声が、その日はハッキリと聞こえてきたのです。
(こんな夜中に一体誰がこんな大声でお経をあげているのだろう?)
そう思うと、なんだか腹も立ってきて、睨みつけるように窓から向かいのお寺を見下ろしました。
お寺の電気はすっかり消えていました。
つまり、お寺では誰もお経を上げていなかったのです。
(え!?そしたら一体誰が?どこでお経を唱えてるの!?)
(それがどうしてウチに聞こえてくるの!?)
その理不尽な現象に鳥肌が立ち、私はパニックしたまま勢いに任せて玄関扉を開けました。
外にはもくもくとお線香の煙が漂っていました。
直ぐにドアを閉め、頭から布団を被りましたが、その夜は一晩中どれだけ耳を塞いでもお経が聞こえ、眠ることが出来ませんでした。
翌朝、その日は幸いにも仕事が休みだったので、私は着のみ着のまま一目散に向かいのお寺へ行き、これまでの体験を住職に話したのです。
すると、住職は何事かを直ぐに察したようで、私の部屋の前まで来てお経を唱えた後、そのわけを聞かせて下さいました。
それによると、そのアパートが立っている土地は、元々は寺の敷地だったらしく、そこは幾つもの墓が立ち並ぶ墓地だったそうなのです。
しかし、新しい市道の開設と住宅地への変換という理由で土地の明け渡しを求められ、先代の住職は墓地の埋め立てに大反対しましたが、半ば無理やりその土地を明け渡すことになってしまったそうなのです。
先代の住職はそのことを怒り、悔やみ、そのまま病気でこの世を去られたそうです。
その亡くなった先代の住職が、アパートの下に眠っていた仏さまを不憫に思い、今でも供養のためにお経を唱えに現れるそうです。そしてアパートに越してきた新しい住民にも、この土地の歴史を知らせるため、部屋の前でお経を唱えられるのだそうです。
話を聞いた後、現住職から頂いた御札を玄関に置いてからは、猫の威嚇も治まり、お経も聞こえなくなりました。
その後、お隣に住む方にも改めてお話を伺ったところ、やはり越してきて直ぐに同じような体験をしたそうです。
私は既にこの部屋から引っ越しています。
先代の住職のお気持ちを察すると、決して怖がるべきものではないのかもしれませんが、今でもその近所を通りかかった時などは、生々しくあのお経の声を思い出し鳥肌が立ってしまいます。
今では物件を探す際は、もう少し踏み込んで探すように心掛けています。
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