体験場所:兵庫県A市 某商業施設
これは私が学生の頃、兵庫県A市にある某商業施設内のゲームセンターでアルバイトをしていた時の話です。
主に平日の学校帰りに勤務していた私は、夕方17時からラストまでという遅番のシフトをメインに働いていました。
その日もいつも通り16時半頃にバイト先に到着し、バックヤードで着替えなどを済ませインカムを装着し、17時前には引き継ぎのため中央カウンターへ向かいました。
そのゲームセンターには、中央カウンター前を横切る通路を挟み、立体遊具コーナーが併設されておりました。
小学生以下の子供を対象としたボールプールなども設置され、規模も大きく人気のコーナーでした。
引き継ぎ後の17時、その立体遊具コーナーの閉園アナウンスを流すことが遅番スタッフの最初の業務でした。
中央カウンターに固定で備え付けているマイクに向かい、予め用意されている原稿を読み上げるのです。
その日も、いつも通り私は定位置に付き、原稿を読み上げようとマイクのスイッチを入れようとした瞬間でした。
ぐにゃりと視界が歪み、今まで経験したことのない眩暈と吐き気に襲われました。
それはほんの一瞬の感覚でした。
ハッとした瞬間には治まっており、自分以外の周りの人、同じカウンターにいたスタッフや周囲の環境も、いつも通りに流れています。
今の不快感が一体何だったのか分かりませんでしたが、若かったこともあり、「まあいいか」と、そのまま気に留めることもなく、気を取り直して再びマイクのスイッチを入れようとすると、今度は手元にあったはずの原稿がなくなっていることに気が付きました。
アナウンス時刻の17時も刻々と迫っていたので、慌てて周囲を見回すと、自分の足元に落ちている原稿を発見しました。
きっと立ち眩みの時に床に落としてしまったのだと思い、しゃがんで原稿を拾い上げ、再び立ち上がった時、目の前の通路にこちらを向いて立っている男性がいたのです。
しゃがむ前にはいなかったはずなのに、唐突に至近距離に現れた男に私は思わず「うおっ!?」っとリアクションしてしまったのです。
咄嗟に失礼にあたるのではと思い、すぐに「申し訳ございません!」「いらっしゃいませ!」と、チラッと視線だけを男性に向け二度ほど頭を下げました。
その際に見ただけなのですが、言葉は悪いかもしれませんが、その男性の身なりが少し汚らしいというか、作業服ではないと思うのですが、着ていたチェックのネルシャツも、服は上下とも色あせて薄汚れており、所々穴も空いていたかと思います。
男性は私の声にも無反応ですし、「この人大丈夫だろうか?」というのが率直な印象でした。
そうしている間に17時を迎えてしまい、男性に気を取られている暇もなく、私は急いで立体遊具コーナーの閉園アナウンスをしようとマイクに視線を落としました。
スイッチを入れて再び顔を上げた時には、男性の姿はありませんでした。
そのままアナウンスを開始し、約3分程度の原稿を読み上げてマイクのスイッチを切り、原稿を引き出しにしまったところで、チーフからインカムに連絡が入りました。
メダルゲームをしていたお客様の荷物がプレイ中に盗まれたとのことで、スタッフが交代で防犯カメラのチェックをするから一度バックヤードへ戻って欲しいとのことでした。
「また置き引きか…」
座ったまま長時間熱中してしまうメダルゲームではよく起こることで、私はうんざりしながらカウンターを離れ、バックヤードへと向かいました。
「怪しい人がいたら教えてね」
チーフがそう話す中、録画した防犯カメラの映像を巻き戻しながら、数人のスタッフでチェックしている時でした。
私はハッとしました。
「そうだ!あの人!」
あのカウンターの前に突っ立っていた怪しい男性のことが思い出されたのです。
「あ、あの…」
直ぐにチーフに伝えようと声を発した時、ちょうど遡りながらチェックしていた防犯カメラの録画映像が、あの男性が現れた閉園アナウンスの頃に差し掛かっていました。
映像にはアナウンスをするためカウンターにやってきた私が映っています。
「チーフ!この後です」
そう言って、私は映像を指差して伝えようとしたのですが、おかしいのです。
カウンター越しに録画されていた映像には、前方に立体遊具コーナーとカウンター前の通路が映し出されているのですが、誰もいないその通路に向かい、カウンターにいる私がペコペコと頭を下げているのです。
そこに、あの男性の姿はありませんでした。
カメラの角度的にも間違いなくあの男性が映るはずなのに。
音がするほサーっと自分の血の気が引いていくのが分かりました。
映像を見ながら、どんどん青くなる私の顔を見ていたたチーフが、
「え?どうしたの?大丈夫?貧血?え?ちょっと、もう今日は早退しな…」
と声を掛けてくれました。
(なんで?なんで?なんであの人、映ってないの?なんで?)
そのことだけが頭をぐるぐる駆け巡っていた私は、ちょっとしたパニックを起こし、その日はそのまま早退して帰ったようです。
なぜ『ようです』と他人事のように言うかというと、その時は本当に思考が追い付かず「なんで?どうして?」と、あの男性のことばかりが脳裏に浮かび、その後の自分の行動も分からないまま気が付いたら帰宅していたという状況でした。
考えてみると、あの男性に何か危害を加えられたわけでもありません。
ですが、男性のある種の異様な雰囲気と、誰もいない通路に向かって頭を下げる自分の映像を思い出すと、10年以上経った今でもゾクリと鳥肌が立つと同時に、その直前に感じた嫌な吐き気が一瞬だけ甦るのです。
ちなみに置き引き事件に関しては、やはり防犯カメラに犯行の様子が映っていたようで、無事犯人は捕まったのだそうです。
カメラチェックに立ち会った警察官が、「ここの防犯カメラは画質がいいから助かるわぁ」と言っていたそうです。
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