体験場所:岡山県A市の住宅地
岡山県A市にある私の住むところは、いわゆる閑静な住宅地。
両隣に家、お向かいにも家、家、家と住居ばかりが建ち並んでいるが、住人のほとんどが長く住むお年寄りばかりで、子供の数が少ない地域なので夏休みの頃といえど騒がしくなることもなかった。
それが最近になって我が家の裏に一軒のおうちが建って、そこにはまだ小さいお子さんがいるみたい。
近頃では庭先でBBQや花火などを楽しんでいるようで、さすがに夜9時過ぎてもキャイキャイ騒がれるとうるさくてつい気になってしまう。
うちの子は10歳と7歳で、だいぶ分別はついてきているが、あちらのお子さんはまだ幼稚園らしい。
(大変な時期だし、分からないでもないけどね…)
今は旅行に行くのもはばかられるコロナ禍だし、家族で庭先で遊ぶくらいしかできないのも理解できた。
そんなふうに我が家も裏の家を気遣うことで、特に大きな衝突もなく穏やかに日々は過ぎ、もう小学生たちの夏休みも終わろうとしている頃だった。
私は1人風呂から上がって髪を拭いていると、
キャッ、キャッ
と子どもの声が外から聞こえてきた。
けっこう近くから聞こえたので、また裏の家族が子供と庭に出て遊んでいるのだろうと思い、特に気にも留めなかった。
ただ、その日から毎日、風呂上がりに洗面台の前に立ってタオルでガシガシ頭を拭いていると、たいてい子どもの声を聞くようになった。
キャッ、ぁうー!
んふー、ぅふー!
その日もやっぱり子どもの声が聞こえてきた。
きゃはー!あぶ~ぅ、んふふ!
(いつにも増して声が近い…それにもう真っ暗なのに、庭で何やってんだろ?)
いつも聞こえる子どもの声だけど、私はその時はじめて「アレ?」と疑問が湧いてきた。
(この声って、赤ちゃんの声だよね?裏の家の子って確かもう喋れる年齢のはずだけど…)
もしかしたら2人目が産まれたのかなと思いながら、その後で遅くに仕事から帰った旦那にも聞いてみた。
「裏の奥さんち、赤ちゃんできとるよなぁ?最近すごい声が響いてくるんよ」
しかし旦那は、前に町内会で会った時は妊娠してる感じでもなかったし、赤ちゃんもいなかったと言った。
そして少しして旦那は思い出したようにこう付け加えた。
「そうそう、そういえば裏の奥さん、変な女の人が敷地内に入ってくるっていうのは言ってたわ。」
「なにそれこわぁ~」
なんて話しながら、結局、私が聞いた赤ちゃん声の正体はハッキリしないままだった。
次の日の夜、旦那は夜勤で19時過ぎには家を出ていき、子どもたちは21時半には眠りについた。
家族の最後に長風呂して寝るのが習慣になっている私は、今日は少し遅くなったなと思いながらも、22時過ぎくらいまでダラダラと風呂に入っていた。
風呂から上がって、バスタオルにくるまりながら洗面所の前に立つと、また聞こえてきた。
「あふー!あぶぶー、アハァー!」
いつもの楽しそうな赤ちゃんの声だが、ただ、その日はやたらと声が近かった。耳元で聞こえる感じがした。
(ちょっとこれ、いくらなんでも近すぎない…)
風呂上がりなのに背筋にゾワっと鳥肌が立った。
みぞおちの辺りも気持ち悪い。
赤ちゃんの笑い声は吐息も感じるくらい近くにあって、背筋を恐怖が駆け上がった。
「や……っ!」
それを目にした瞬間、私は思わず声を漏らした。
洗面台の鏡、そこに私の姿と重なるように、巨大なシワシワの赤ちゃんの顔が透き通るように映っていた。
「キャハハ!あはー!あぶぶー…」
その動きから察するに、赤ちゃんはおそらく私にイナイイナイバァをしていたのだと思う。
ただ、こっちがそれに気付いていなくても、お構いなしに笑いまくっている様子だった。
怖くて怖くて、ただジッと固まっていることしか出来ない私を、更なる恐怖が襲った。
カラカラカラ…
ウッドデッキにつながる勝手口のスライドドアが開く音がした。
絶対に鍵が締まっていたはずなのに。
(ひぃっ!?今の誰!?ヤダヤダヤダ!!)
正面に赤ちゃん、右後方からドアの開く音、私が身に着けているのはバスタオル一枚という心細さで、もうパニック寸前でうずくまってしまった時だった。
『おいでー…』
ウッドデッキの方から女の人の声が聞こえたと思ったら、赤ちゃんの気配は消えていた。
不思議と恐怖もすぅーっと引いていった。
私はすぐにウッドデッキのドアを確認すべく小走りで駆け付けたが、ドアは閉まっていて、鍵も掛かっていた。
それ以来、風呂上がりに声が聞こえることもなくなったし、赤ちゃんを見ることもなかった。
今考えると、『おいでー』と言ったのはあの赤ちゃんのお母さんで、迷子のあの子を迎えにきたのかもしれない。
もちろん幽霊?の母子なのだろう。
でもなぜ我が家に?
そういえば裏の家の奥さんが「変な女の人が敷地内に入ってくる」と言っていたらしいが…
当然のことだが、私は未だに何が起きたのか分からない。
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