
体験場所:兵庫県神戸市の自宅マンション 北側の一室
私が体験した出来事は、今も説明がつかないままです。ただ、当時の部屋の「あの感じ」は、今でもはっきり覚えています。
今から数年前、妹夫婦が引っ越す際、甥の五月人形を私のマンションで預かる事になりました。それは立派な木箱に入っていて、昔ながらの様式の刀を持つ武者人形でした。妹の夫の実家から譲られた物で、かなり古い物だと聞いていました。
引越しがバタバタしたため、人形の木箱は我が家に運び込まれたまま箱を開ける事もなく、北側の部屋の隅に置いたまま、私はその存在を忘れてしまっていました。
引越しから数週間が経つ頃からだったと思います。その北側の部屋に入ると、妙に頭が重くなる感じを覚えました。気圧のせいかな?と思いましたが、他の部屋では何ともないのに、その部屋に入った時だけ、こめかみの辺りがじんわり痛むようになりました。
ある日、何気なく妹に話しました。
「何かね、あの部屋だけ頭が重くなるねん。気のせいかな?」
すると妹は笑いながら「姉ちゃん、疲れてるんちゃう?」と言い、私もあまり深く考えることはありませんでした。
ある夜のことです。
風も吹いていないのに、あの北側の部屋の窓がガタガタと音を立てて揺れていたのです。築年数の古いマンションでもないし、他の部屋の窓は静かなものです。それなのに、北側のその部屋の窓だけ、まるで外から誰かが叩いてるように音を立てて揺れていました。
なんか気持ち悪いな…と思いましたが、結局、忙しさにかまけて放置していました。
頭痛は酷くはないものの、あの部屋に入ると必ずなるし、ガタガタと鳴る窓の揺れも時々起こる。そんな状態が数年続きました。理由は分からないまま、私はあの部屋をなるべく使わないよう注意するだけでした。
ある年、甥の節句が近づいてきた頃でした。
「そろそろあの人形、出して飾りたいんやけど、まだあるよね?」
そんな連絡とともに、妹がやってきました。
それで思い出しました。北側の部屋に運び込んで以来、一度も開けたことのない五月人形の木箱。私はその日、初めてそれを開封したのです。
瞬間、思わず息をのみました。
武者人形が持つ刀の位置がおかしいのです。
柄の部分が胴に食い込むように当たっています。まるで自分で自分の腹に押し当てているような、おかしな角度で武者人形は刀を構えているのです。
「え、こんな持ち方やったっけ? 何か…かわいそうな感じするな」
箱を覗き込んだ妹が眉を顰めて言いました。
「最初からこうやった?」
私が聞くと、妹は首を振り、少し思い出すように言います。
「いや、こんなんじゃなかったと思う。ちゃんと前に構える形やったはずやで」
二人でしばらく黙り込みました。こんな姿勢のまま、何年も暗い箱の中に閉じ込めていたのかと思うと、胸が苦しくなる思いがしました。
節句の日を迎え、妹と一緒に人形を丁寧に飾り付けました。姿勢を整え、刀も正しい位置に戻し、飾り台や小物も綺麗に並べました。甥もそれを嬉しそうに眺めていました。
「ちゃんと飾ってあげたら、なんかスッとするな」
妹がそう言いました。私も同感でした。
節句を終えると、人形は綺麗に拭き上げて、丁寧にしまい直しました。
その日を境に、北側の部屋で起きていた一連の現象が、不思議なほどピタリと止みました。頭痛もしないし、窓が鳴ることもありません。あれほど避けていた部屋なのに、今では普通に使えています。
その原因があの五月人形だったのかは定かではありません。ただのタイミングの偶然なのかもしれません。ですが、不自然な姿勢で放置されていた人形を見た時、私は妙に納得したのです。ああ、これはダメだ、と。
もしかして落ち着かなかったのは、おかしな現象に悩んでいた私より、あの人形の方だったのかもしれません。
あの日以来、私は人形や季節の飾り物を丁寧に扱うように心がけています。あの部屋の空気の変化を体験すると、誰でもそうなるだろうなと思います。

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