体験場所:愛知県市街地の実家
これは私が小学生の頃に実際に体験した話です。
当時、私たち家族は愛知県の市街地にある2階建ての一軒家てに住んでいました。
2階には兄と私が二人で使う子供部屋があり、1階には台所や居間など、家族で過ごすスペースがありました。
2階の子供部屋には私と兄の机が並べて置かれており、二人でよくそこで話をしながら過ごしていました。
その頃の兄は怖い話が大好きで、そのような話がたくさん載っている雑誌等を買ってきては、いろいろ私に話して聞かせ、私が怖がるのを面白がっていました。
私は私で怖い話は苦手なものの、兄がそんな話を始めるとついつい引き込まれて聞いてしまっていたのです。
それは、夏休みのお盆の頃、ある日の夕方のことでした。
夏休みの宿題をするために2階の机に向かっていたはずだったのですが、いつの間にかまた兄の口から語られる怖い話に没頭していたんです。
幽霊の出没するトンネルの話やら、幽霊を乗せたタクシーの話やらについつい引き込まれ、夏の暑い盛りだというのに、なんだか背中がゾワゾワし始めた時分でした。
『トントントントントン』と、母が階段を上がってくる軽快な足音が聞こえました。
階段を登り切った先の子供部屋の手前には、少し広めの空間があり、母はそこに三面鏡を置いていたのです。
ちょっと買い物に出かけたり、何かの用事で外出する前に、母はいつも階段を上がって来ては、その三面鏡を見て髪を直したり軽くお化粧をしたりするのが常でした。
私は兄の話を聞きながら、母がこちらに『ちょっと出掛けて来るね。』と声をかけてくるか、もしくはそのまま階段を下りていく足音が聞こえてくるのを待っていました。
ところが、それからどんなに待っても母の声はおろか、階段を下りる音すら聞こえてこないのです。
母が上がって来てから随分時間が経ち、さすがに妙な気がして、
「お母さん、階段上がってきたよね??」
と、思い切って兄に確認してみたんです。
すると、
「上がって来る足音、お前も聞いたよな?」
と、実は兄も同じことを思っていたようなのです。
二人とも、その時まで怖い話をしていたことを随分後悔しました。
奇妙な状況に二人とも硬直状態でしたが、それでもやはり気になったので、二人で勇気を振り絞り子供部屋のドアを「いちにのさん!」で開けてみたんです。
幸いなことに?と言うのか、鏡台の前には誰もいませんでした。
ですが、「じゃあさっきの階段を上る足音は何だったの…?」私たちはそう思った途端、二人揃って大慌てで1階にいる母に呼び掛けました。
「お母さん!2階に上がってきたでしょ?」
血相変えてそう質問する私たちを、母は不思議そうに階段の下から見上げながら、
「いいえ、2階には行っていませんよ。」
と、きっぱり言うのです。
私はもう半べそ状態で、何とか母に2階に上がってきたことを認めてもらおうと同じ質問を繰り返すのですが、母は断固として一度も階段を上がってはいないと言うのです。
この時ばかりは怖い話好きの兄も、かなり青ざめた表情をしていました。
あの足音は一体何だったのか、結局今でも謎のままです。
別な世界に住む私たちの母親が、あの三面鏡から出入りしていたのでしょうか?
『ある特定の日の特定の時間帯に鏡を覗くと、自分ではない別の顔が見える。』
前に兄が語ったそんな話のお陰で、元々その三面鏡が好きではなかった私ですが、それ以降は前にも増してその三面鏡から目を逸らすようになりました。
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