体験場所:富山県富山市の山中
今から10年ほど前、僕が大学生だった時の話です。
当時、アルバイト程度しかしていなかったのにも関わらず、僕は無理をして車を買いました。
それでその年の8月のお盆シーズンには車で田舎に帰省しようとしたのですが、無理して買った車が仇となり高速料金すら払うお金もなかったので、仕方なく大学のある大阪から実家の富山まで下道を使って帰省することにしたのです。
朝早く大阪を出て、京都、滋賀と走るに連れて、のどかな田舎道が広がっていきます。
琵琶湖や敦賀湾など、海や湖の絶景がものすごく綺麗だったことを今でも鮮明に覚えています。
もちろんその日の内に実家に辿り着くことは出来ず、富山の山中を走っている頃にはすっかり夜も更けてきたので、僕はどこかの駐車場で車中泊をしようと決めたのです。
その前に腹ごしらえと思い、もし出来たらその飯屋の駐車場で一泊させてもらおうと店を探していると、山道の途中、そこそこ大きな駐車場がある定食屋さんを見つけました。
「しめた!」と思い、その駐車場に車を止めて、僕は早速店に入りました。
すると、店内は思いのほか薄汚れていて、照明がなぜか電球のみのせいで辺りはひどく暗く、どことなく辛気臭い陰鬱な雰囲気のお店でした。
カウンターの向こう側には白髪まじりの初老の男性がいて、新聞を見ていた目でこちらをチラッと一瞥すると、また直ぐに新聞に目を落としました。
でも、店の雰囲気とは対照的に、僕の期待は逆に高まっていました。
こういう雰囲気の店に限って旨い飯を出してくれて、それに不愛想な店主に限って案外優しく、駐車場での車中泊もあっさり許可してくれるのではないかと、そう甘く考えていました。
「こんばんは~~」
と明るく挨拶をして、僕はカウンターテーブルの椅子に腰をかけてハンバーグ定食を注文し、料理が出てくるまでの間、携帯をじっと見つめながらSNSを開いて日記を更新していました。
しばらくすると店主が、
「はい、ハンバーグ・・・」
と、無愛想な感じでハンバーグ定食を運んできました。
早速、箸を持って一口パクっと食べてみると、やっぱり味はすごく美味しい。
思った通り、こういう店に限って店主は不愛想に見えても実は親切に決まってるんだ!と、車中泊をさせて欲しいと切り出すタイミングを窺っていました。
すると、店の引き戸がガラガラと建て付けの悪い音を鳴らしたかと思うと、スーツを着たサラリーマン風の男性が店内に入ってきました。
男性はチラッと僕の顔を見ると、店主に向かって、
「ご新規さんは初めてだねぇ~。いつもので。」
と言いながら、僕と3席ほど空けた席に座りました。
「そうだね~」
店主も一言そう答えると、日本酒を持ってきてそのお客さんに出しました。
(おいおい、飲酒運転じゃないのか・・・)
そう思って外を振り返ると、駐車場には僕の車しか止まっていませんでした。
かといって、ここは周囲に民家もない山の中。
(まさか・・・こんな山の中まで歩いてきたのか??)
そう思ってその男性客を横目で見ていると、再び店の引き戸がガラガラと音を立てました。
次に入ってきたのは、立派な髭を蓄えた老人男性と、足が悪いのか、片足を引きずっているお婆さんの二人組でした。
二人が入り口近くの席に座ると、またすぐに店の扉が開きました。
「え?また?」
予想以上に客が来るので驚いていると、それからもひっきりなしに次々と客が現れます。
どうやったらここまで太るんだ??ってくらい、ずんぐりした30代くらいの大柄な男性。
ものすごく綺麗なロングヘアーを掻き上げながら入ってきたパンツスーツ姿の女性は歳も若そう。
他にも続々とお客さんが来店し、気付くと店内はすっかりほぼ満員となっていました。
お客さん同士それぞれ仲が良いのか、みんな和気あいあいと会話が弾んでいて、僕一人、すっかりアウェイ感に飲まれてしまい、車中泊の話も店主に切り出せないまま無言で水を飲んでいました。
それから少し経った頃、僕はおかしなことに気が付いたのです。
これだけの数のお客さんが、こんな山の中の店に来ているのにも関わらず、相変わらず外の駐車場には僕の車以外には車もバイクも止まっていないのです。
仮にみんな歩き客だとしても、山はかなりの急斜面ですし、歩いてくるにはそれなりの格好になると思うのですが、お客さんは全員、登山靴どころか革靴やスニーカー 、サンダルまでいる始末です。
なんかおかしいな~と思って店内を見回していると、もう一つおかしな点に気が付きました。
店に置いてある雑誌が異常に古く、しかもその上、店主が読んでいた新聞を横目で見ると、その新聞のトップ記事が『昭和』から『平成』に元号が切り替わった事を伝えるものだったのです。
「ん?・・・なんか、ここ・・・変?」
と、挙動不審なくらい辺りをキョロキョロしていると、先程のものすごく太った男性が、
「そういや~あれから、20年近く経つよなぁ~」
と言って、大声で笑い出しました。
するとパンツスーツの女性も、
「20年ねぇ・・・・時間が経つのは早いものね・・。 」
と言って、フフッと笑い、
「おう。そうだな。」
と、店主も新聞をカウンターに置いて相槌を打ちました。
(え…なに?…何が起きてから20年…?)
と、僕は店の妙な雰囲気にドギマギしながら無言で水を飲み、なるべく他の客を見ないようにして耳を傾けていると、僕以外で最初の来客だったサラリーマン風の男性がそっと僕の隣の席に座り直したかと思うと、僕の耳元で囁きました。
「君は、ここにいるべき人間ではない。気が付いているのかどうかは分からないが、ここの時間は20年前で止まっているんだ。いいか、今から決して他の客の顔を見てはいけないよ。下を向いたまま、そのまま店から出るんだ。いいから、すぐに出るんだ。あと少し・・・少し時間が経つと、取り返しがつかないことになる。」
「え…?何のことですか…?」
そう言って、僕は恐る恐る男性の顔を見ようと振り向こうとすると、突然肩を手で押され無理やり前を向かされました。目に映るのはカウンターと、カウンターの上に置かれたさっきまで店主が読んでいた新聞だけでした。
「いいから早く出るんだ…」
男性に再びそう促され、僕はカウンターの上に千円札だけ置いて、俯いたまま立ち上がり、ただひたすら床だけを見つめながら出入り口に向かいました。
その途中、巨漢男性が座っているテーブルの足が見え、その横に巨漢男性の足が見えました。
彼の履いているスニーカーはボロボロで、剥き出しになった土だらけの足には見たこともない気味の悪い虫が這いずり回っていました。
声を上げそうになる口を必死に手で押さえ、ただひたすら床を見つめながら出入り口に向かいました。
ようやく出入り口の引き戸に手を掛けると、建て付けの悪いスライドドアがなかなか開かず、あたふたと苦戦している時、ふと顔を上げて横を見ました。
すると、入り口の横の席に座っている二人組の老人、そのおばあさんの方と目があってしまったのです。
それが・・・なんと言いますか、大学の実習で一度だけご遺体を見たことがあるのですが、土気色といいますか、おばあさんの肌がご遺体のそれと同じなのです。
するとおばあさんは僕の目を見たまま突然、
「カカカカカカカカカカカカカカ・・・・ 」
と不気味な笑い声をあげました。
驚いた拍子に思わず店内を見回すと、さっきのサラリーマン風の男性以外の全員が、満面の笑みで僕のことを見ていたかと思うと、
「カカカカカカカカカカカカカカ・・・・ 」
一斉に老婆と同じ気味の悪い笑い声を上げました。
僕は発狂してスライドドアを蹴り破り、慌てて車に乗って逃げるようにその店を後にしました。
そのままどれくらいの時間運転していたのか、気が付くと一睡もせずに富山の実家まで辿り着いていました。
それからというもの、あの山道は一度も通っていません。
お金に余裕がなくても出来るだけ高速を使って帰省するようにしていました。
あの不気味な食堂は一体何だったのでしょうか?
時が止まったままという20年の出来事とは一体何だったのか?
もちろん、未だに全てが謎のままです。
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