体験場所:広島県広島市
今から十数年前に私が実際に体験した出来事です。
その時期、地元の成人式に出席するため、各地から同級生が帰省してくるので、私は心躍らせていました。
それというのも、成人式後に開催される飲み会の幹事を務めていた私は、親友のA君も出席する事を知っていたからです。
A君とは幼馴染だったのですが、中学校を卒業すると同時にA君は親御さんの都合で遠方に引っ越してしまい、それ以来疎遠になっていました。
私の中学生時代は、今のように学生が当たり前に携帯電話を持てるような時代ではなかったため、念願かなってA君と再会できた時には、絶対に連絡先を交換しよう!と息巻いていました。
成人式後の飲み会には、A君を含め多くの同級生が出席してくれました。
当時の流行や、学校で起こったちょっとした事件、初恋の話や、暴露トーク・・・。
再会の喜びにお酒の力も手伝って、とても盛り上がったのを今でも覚えています。
飲み会後もまだまだ話し足りなかった私達は有志を募り、2次会、3次会と梯子をして、その日は朝方まで飲み歩きました。
A君も最後まで付き合ってくれて、連絡先も無事交換することができました。
A君は今、車で一時間弱の距離にある隣県、広島県広島市のアパートで一人暮らししており「これからはまた一緒に遊ぼうぜ」と話して、その日は別れました。
その後も一ヶ月に一度くらいのペースでA君と飲みに出かけ、食べ物やお酒の趣味も合ったので、二人でよく夜遅くまで飲み歩いていました。
そんなある日、「それじゃあまたね」とA君と別れて帰宅し、明日の二日酔いを確信しながら眠りに落ちると、携帯の着信音で目が覚めました。
まだ外は真っ暗で、時計に目をやると、まだ夜中の0時を回ったところでした。
二日酔いの頭痛でうんざりしながら電話に出ると、A君からの着信でした。
「夜遅くにごめんね。急な話で申し訳ないんだけど、お前、喪服って持ってない?」
「持ってるけど・・・。」
「さっき叔父さんが亡くなって、明後日の葬式に出ないといけないんだけど、俺、喪服持ってないから貸して欲しいんだ。」
「いいよ・・・じゃあ明日持って行くから」
「助かるよ、ありがとう。」
二日酔いと睡魔で不機嫌だった私は早々に話を切り上げ、喪服を適当な袋に包み車に積み込んで、再び床に就きました。
翌朝、夜中のおかしな時間に起こされたせいか寝坊してしまい、遅刻ギリギリに目を覚ました私は身支度もそこそこに家を飛び出しました。
結局、始業時間には間に合わず、上司からお説教をもらい、残業をたっぷりとする羽目になってしまいました。
仕事が終わり急ぎ足で車を走らせ、喪服を持ってA君のアパートに到着したのは、夜中の11時でした。
アパートの呼び鈴を鳴らすと、ついさっきまで寝ていたのか、眠そうな顔したA君が寝ぐせ頭のまま出てきました。
「遅くなってごめん!これ、持ってきたよ。」と、私が焦り気味に喪服の入った袋を差し出すと、A君は、「なにこれ?」と、あくびを噛み殺しながら袋を受け取った時でした。
奥の部屋でA君の携帯電話の着信音が鳴りました。
「あっ、母さんからだ、ちょっと待ってて」
そう言って、A君は喪服の入った袋を持ったまま足早に奥の部屋に引っ込んでしまいました。
(ああ、きっと明日の葬儀についての連絡だろう。)と思い、ふと、まだA君にお悔やみを伝えていないことを思い出しました。
数分後、今度はしっかりと目を覚ました様子のA君が出てきて、開口一番こう言いました。
「あのさ、喪服貸してくれない?」
(今まさに、それを受け取ったばかりなのに、妙な事を聞くもんだな。)
と不思議に思った私は、
(きっとさっきは寝ぼけてたから、まだ袋の中身を見てないんだ。)
と思い至り、
「さっき渡したのがそれだよ。叔父さん、残念だったね。返すのいつでもいいからさ。」
と伝えました。
するとA君は目を見開き、驚きとも焦りともつかない表情で、
「なんで知ってるの!?」
と、おかしな声を上げました。
「だって、君が言ったじゃないか、叔父さんが亡くなったから喪服を貸して欲しいって。だからさっき手渡した袋に入れて持ってきたのに…」
額に冷汗を滲ませていたA君は、私が話しきる前に奥の部屋にバタバタと飛び込み、「うわっ!!」と小さな悲鳴を上げました。
「なんで・・・なんで分かった?」
「だから・・・」
と再び説明をしようとする私の言葉を遮るように、真っ青になった顔のA君が言いました。
「叔父さん…つい、さっき死んだんだぞ…?」
私は背筋に冷たい何かがが吹き抜けるのを感じました。
翌日、私は仕事を休み販売店に携帯を解約しに行きました。
ですが、何故か例えようもない不安に駆られ、携帯を手放す気になれず、今も自宅の机の中に眠っています。
あの日の着信履歴をそのままに。
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