
体験場所:静岡県下田市
これは、大学時代の友人Kという男性から、去年の夏に居酒屋で直接聞いた話です。
Kは現在32歳。
建築関係の設計士をしています。
学生時代から古い建物を見るのが好きで、一眼レフを片手に各地を巡るのが趣味でした。特に古い木造建築や、地方に残る少し変わった造りの民家を撮影するのが好きだったそうです。
この話は、Kが大学3年生の秋に体験した出来事です。
その日、Kはバイクで伊豆半島をツーリングしていました。
夕方、下田市周辺の国道を走っていると、旧道へ続く脇道の先に、一軒の古い木造家屋が目に留まりました。
かなり傷んだ建物でした。
でも、完全な廃墟という感じではありません。誰も住んでいないと思われるのですが、誰かが管理だけは続けている、そんな中途半端な生活感が残っていたそうです。
他にも違和感はありました。
一階の窓は、全て雨戸が閉められ、更に上からガムテープを張って執拗に塞いでいる。それに二階のベランダには、この建物には不釣り合いな、不自然なくらい新しいアルミ製の手すりが取り付けられている。建物全体が、どこか噛み合っていないと感じました。
何となく引っ掛かりを覚えたKですが、むしろその不調和が写真映えしそうだと思い、近くの公衆トイレの駐車場にバイクを停めると、カメラを持ってその家へ向かいました。
門には鍵もなく、庭は雑草が伸び放題でした。
前日にかなり強い雨が降ったため、地面はぬかるみ、歩く度に靴が沈んで、
ベチャッ……
ベチャッ……
と嫌な音を立てました。
Kは家の周囲をゆっくり歩きながら写真を撮っていきました。
すると一階の裏側へ回った時でした。
表側の軒先は、全て雨戸が閉ざしていましたが、裏側に一か所だけ、数センチほど開いた場所がありました。
ほんのわずかな隙間でした。
Kは好奇心に負け、レンズをその隙間へ近付けると、フラッシュを使わずにファインダーを覗き込みます。
暗闇の中に見えたのは、畳が剥がされ、下の板張りが剥き出した部屋でした。家具は何もありません。壁も床も外観と同様に古びています。
ただ一つだけ目を引いたのは、部屋の真ん中に、新品のように綺麗なオフィスチェアが置かれていることでした。今朝にでも誰かが運び込んだような、不自然なくらい綺麗な椅子でした。
何のための椅子なのか。誰が使うのか。空っぽの部屋に新品の椅子が一つだけ。
妙な違和感を覚えながらも、Kは一枚だけシャッターを切りました。
カシャッ――
その直後でした。
背後から、
ベチャ……
ベチャ……
と、泥を踏む音が聞こえました。
「あ、地元の人か。もしくは警察に通報されたのかもしれない」
Kはそう思い、勝手に敷地へ入ってしまった以上、注意されても仕方がない。そう思って直ぐに「すみません」と言って後ろを振り返りました。
しかし――そこには誰の姿もない。
庭には自分一人。
他に動くものといえば、目の前で風に揺れる雑草だけ。
「聞き間違いか・・・」
そう思うしかありませんでした。
なんとなく気味が悪くなり、その場を離れようとした時でした。
ふと足元を見たKは、その場で固まってしまいました。
ぬかるみに、自分が歩いてきた足跡が一直線に残っています。
ところが、その一つ一つの足跡に重なるように、もう一組の足跡が刻まれていました。
自分の足跡の上に、誰か別の足跡。
そのサイズは自分より少し小さく、靴底の形状も違います。Kはバイク用の、裏に滑り止めの付いた靴でしたが、その小さな足跡は、革靴のような平らな靴底。
しかもその足跡は、Kの足跡を一つも外すことなく踏んでいる。それがすぐKの手前の足跡にまで付いていました。Kの真後ろ30センチまで、ずっと誰かが付いてきたのか。もう一歩踏み出せばKにぶつかる距離まで。
その瞬間、さっき背後から聞こえた音を思い出しました。
ベチャ……
ベチャ……
あれは、自分の足跡を踏んで迫る誰かだったのでは…
そう気付いた途端、足跡に目を向けることも出来なくなり、そのまま無我夢中でバイクまで走って逃げ帰ったそうです。
後日、撮影した写真を確認しました。
例の部屋も、オフィスチェアも、普通に写っていました。人影もありませんし、何の異常もない写真でした。
その日の夜。
あの空き家の辺りが地元だと言う友人に電話を掛け、あの空き家について尋ねると、こんな話を聞いたそうです。
十年ほど前、その建物は、ある企業の倉庫として使われていた。でも、管理を任されていた男性が、ある日突然、建物の中で姿を消した。警察も捜索したが見つからず、現在も行方不明のままだという。
今になってKは言います。
「あれは、後ろから誰かが付いてきたんじゃない。俺が、誰かの足跡の上を無意識に歩いていたんだと思う。あの家に興味を抱いた俺は、その瞬間から何かに誘われていたんじゃないか…」
でも、その説明では腑に落ちない点が多々あります。
そもそもKの足跡の方が大きいのだから、後からKが踏んだ場合、最初にあった小さな足跡は消えるはず。それに前日には強い雨が降っていたので、それ以前に付いた足跡は全部雨で流れているはずです。更にKは振り返る直前、背後から泥を踏む音を聞いたわけですから…
やはり、『何か』がKの足跡を辿ってきたと考える方が自然だと、私は思います。
それがKのあと一歩のところまで迫った時、Kが地元の人か警察かと勘違いして直ぐに振り返った。その瞬間、それも姿を消したのではないでしょうか。
もしKが振り返ることを躊躇していたら…
ちなみに、現在その家は解体され、更地になっているそうです。
そんな体験をして以来、Kは古い建物の撮影に行くことは二度とないそうです。

他にも「静岡県の怖い話」複数ございます。
→ 静岡県で体験した怖い話(実話)

コメント